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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十五章 黄金の時
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木の実のスープの宴会



「……とても良くしていただいています」


「ですが、あまり顔色が良くありませんね」


「……食欲がありませんので。しかしまあ、些細なことです」



皴の残る男が、顔をしかめながら小さく笑った。

しかし男の瞳は、笑っていないようだった。

むしろ苦痛に歪んでいるのではないか。

ライラはそう思い、男へ半歩寄った。



「消化に良いものなら、食べられそうですか?」


「……そういった物は、あまり出回っていませんので」


「そう、なのですか?」


「病人が食べられそうな食材は、すぐに買い占められてますんで。市場から消えちまうんです。残っているのは腹に悪いものばかりでして」



そう言った男が、集会所の隅を指差した。

そこには、誰かが買ってきたらしい食材が積まれていた。



「あれは……穀物……というより、ナッツ……木の実の種ですか」


「そうですね。他にも果物や、脂身の多い肉とか。普段なら贅沢品なんですがね。病人が好んで食えるもんじゃありません」


「……果物は、食べづらいですか?」


「少しなら良いでしょうがね。腹を満たすようには食えません。たくさん食えば、病にかかってなくとも腹を下しますよ」


「肉は……まあ、たしかに身体が弱っている時に食べれるものではありませんね」


「本当にその通りで。今は食えません。脂が多いものしか残ってないんで特に。無理に食っても、吐くか下すかってわけです」


「……それでは、良くしてもらっているとは言えないではないですか」


「いやあ、良くしてもらっています。ランファ様の支援がなければ、今頃はきっと病で干からびていますからね。しかしまあ、こうして生き長らえてる。薬と食べ物は不足してますが、死と隣り合わせっていうわけじゃあない」



そう言った男が、自らの手をランファに見せた。

皴の痕が残る、痩せた手。

ライラから見れば痛々しいが、それでも以前より良くなっているのだという。



(……だけど、これで助けられたと言える……かな)



ライラは顔をしかめ、項垂れた。

たしかにライラの支援がなければ、この手すらなかったかもしれない。

しかし生きていれば良いというわけではないだろう。

生きたうえで、活きてもらわなければならない。

隣人が明るくいてくれなければ、ライラは暢気にこの街で贅沢を楽しむことができないのだ。


そんな自己中心的な思いを巡らしていると、周囲がざわめいた。

顔をしかめて項垂れるライラが苦慮している。皆がそう勘違いしたのだ。



「き、気にすることはありませんよ、ランファ様」



人々がライラの傍へ寄り、逆にライラを励ました。

俯くライラに、涙を浮かべて感謝する者もいた。



「最近は、工夫に工夫を重ねてましてね。なんとか腹を下さないように食べられてます」



そう答えたのは、ライラと話していた男の傍にいた女だった。

女は男の妻であるらしい。

男の隣で小さく頭を下げ、にこりと笑った。



「油分を除けば、腹にやさしいものが作れます。味は落ちますけどね」


「どんな味なのですか?」


「はは。食べてみますか? ランファ様。聖女さまが食べられるようなものじゃないですが」


「是非」



ライラは頷き、女に誘われるまま集会所の奥へ入った。

集会所の奥にあった料理は、スープであった。

木の実の種を湯通ししたあと、細かく砕いて水に晒し、最後に煮るのだという。

徹底的に油分を抜くことで、そのまま食べるよりは多く食べられるらしい。



「美味しいですね」


「まさか。聖女さまがこんなのを美味しいって言ってくれるなんて」


「聖女なんかじゃないです。周りが勝手に言ってるだけですよ」


「またまたご謙遜を。でも嬉しいですね。これで旦那も文句言わずに食べてくれるってものです」


「それは良かったです」



ライラはほっとして笑う。

女がにかりと笑い、木の実を潰したスープを集会所へ運んでいった。


それからしばらく食事会となった。

ライラは久しぶりに楽しい食事になったと思った。

最近はずっと、貴族や街の有力者との食事会ばかりだったのだ。

料理は美味いが、何度もつづけば精神的に疲弊してしまう。



「こんな楽しい食事は久しぶりですね、ブラム」



ライラは後ろに控えていたブラムに振り返った。

ブラムが静かな笑顔を見せ、頷いた。

その仮初の紳士ぶりに、集会所にいた女たちが騒ぎだした。

ああそういえばブラムは女に好かれやすいのだったなと、ライラは思い出し、苦笑いした。

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