木の実のスープの宴会
「……とても良くしていただいています」
「ですが、あまり顔色が良くありませんね」
「……食欲がありませんので。しかしまあ、些細なことです」
皴の残る男が、顔をしかめながら小さく笑った。
しかし男の瞳は、笑っていないようだった。
むしろ苦痛に歪んでいるのではないか。
ライラはそう思い、男へ半歩寄った。
「消化に良いものなら、食べられそうですか?」
「……そういった物は、あまり出回っていませんので」
「そう、なのですか?」
「病人が食べられそうな食材は、すぐに買い占められてますんで。市場から消えちまうんです。残っているのは腹に悪いものばかりでして」
そう言った男が、集会所の隅を指差した。
そこには、誰かが買ってきたらしい食材が積まれていた。
「あれは……穀物……というより、ナッツ……木の実の種ですか」
「そうですね。他にも果物や、脂身の多い肉とか。普段なら贅沢品なんですがね。病人が好んで食えるもんじゃありません」
「……果物は、食べづらいですか?」
「少しなら良いでしょうがね。腹を満たすようには食えません。たくさん食えば、病にかかってなくとも腹を下しますよ」
「肉は……まあ、たしかに身体が弱っている時に食べれるものではありませんね」
「本当にその通りで。今は食えません。脂が多いものしか残ってないんで特に。無理に食っても、吐くか下すかってわけです」
「……それでは、良くしてもらっているとは言えないではないですか」
「いやあ、良くしてもらっています。ランファ様の支援がなければ、今頃はきっと病で干からびていますからね。しかしまあ、こうして生き長らえてる。薬と食べ物は不足してますが、死と隣り合わせっていうわけじゃあない」
そう言った男が、自らの手をランファに見せた。
皴の痕が残る、痩せた手。
ライラから見れば痛々しいが、それでも以前より良くなっているのだという。
(……だけど、これで助けられたと言える……かな)
ライラは顔をしかめ、項垂れた。
たしかにライラの支援がなければ、この手すらなかったかもしれない。
しかし生きていれば良いというわけではないだろう。
生きたうえで、活きてもらわなければならない。
隣人が明るくいてくれなければ、ライラは暢気にこの街で贅沢を楽しむことができないのだ。
そんな自己中心的な思いを巡らしていると、周囲がざわめいた。
顔をしかめて項垂れるライラが苦慮している。皆がそう勘違いしたのだ。
「き、気にすることはありませんよ、ランファ様」
人々がライラの傍へ寄り、逆にライラを励ました。
俯くライラに、涙を浮かべて感謝する者もいた。
「最近は、工夫に工夫を重ねてましてね。なんとか腹を下さないように食べられてます」
そう答えたのは、ライラと話していた男の傍にいた女だった。
女は男の妻であるらしい。
男の隣で小さく頭を下げ、にこりと笑った。
「油分を除けば、腹にやさしいものが作れます。味は落ちますけどね」
「どんな味なのですか?」
「はは。食べてみますか? ランファ様。聖女さまが食べられるようなものじゃないですが」
「是非」
ライラは頷き、女に誘われるまま集会所の奥へ入った。
集会所の奥にあった料理は、スープであった。
木の実の種を湯通ししたあと、細かく砕いて水に晒し、最後に煮るのだという。
徹底的に油分を抜くことで、そのまま食べるよりは多く食べられるらしい。
「美味しいですね」
「まさか。聖女さまがこんなのを美味しいって言ってくれるなんて」
「聖女なんかじゃないです。周りが勝手に言ってるだけですよ」
「またまたご謙遜を。でも嬉しいですね。これで旦那も文句言わずに食べてくれるってものです」
「それは良かったです」
ライラはほっとして笑う。
女がにかりと笑い、木の実を潰したスープを集会所へ運んでいった。
それからしばらく食事会となった。
ライラは久しぶりに楽しい食事になったと思った。
最近はずっと、貴族や街の有力者との食事会ばかりだったのだ。
料理は美味いが、何度もつづけば精神的に疲弊してしまう。
「こんな楽しい食事は久しぶりですね、ブラム」
ライラは後ろに控えていたブラムに振り返った。
ブラムが静かな笑顔を見せ、頷いた。
その仮初の紳士ぶりに、集会所にいた女たちが騒ぎだした。
ああそういえばブラムは女に好かれやすいのだったなと、ライラは思い出し、苦笑いした。




