今頑張れば
駆ける馬車の中。
同乗しているガンカから、老人病寛解者との面会について細かな説明を受けた。
その説明は、ライラの想像を超えて長かった。
さすがに覚えきれないと、ライラは心の内で身を引いた。
(……そんなことより)
ライラは馬車の窓の外へ、視線を移した。
窓の外から、ブラムの気配。
途切れ途切れに伝わってきていた。
時折聞こえる馬の嘶き。
馬を制しようとするブラムの声。
どうやら馬を御するのに手間取っているらしい。
気を遣ってか、ソウカンの騎士のひとりがブラムに声をかけていた。
ブラムは多少馬に乗れるはずだったけどなと、ライラは思った。
しかしこれまで、馬の乗り方を正しく教わったことがなかったのかもしれない。
(……そういえば、馬に乗っているときは……ちょっとヨロヨロしてたかも?)
三百数十年のこれまで。
たまに馬に乗っていたブラムの姿を思い出した。
改めて思い返してみれば、しかめ面で馬に乗っていた気がする。
そんなブラムを思い出して、ライラは小さく笑った。
同時に、ライラのために面倒事を克服しようとしてくれるブラムに、ほんの少し感謝した。
馬車の窓から時折見えるブラムは、騎士からの教えを謙虚に受けているようだった。
信用していないと腹の底で抱えつつも、割り切って大人しくしているらしい。
次第に、馬の嘶きが聞こえなくなった。
馬に戸惑うブラムの声もほとんど聞こえなくなった。
「――ランファ様」
窓を向くライラへ、ガンカのため息が吐きだされた。
ライラはハッとして、ガンカとクナドの支店長へ視線を戻した。
「ブラム様のことが気になるのは分かりますが、ランファ様はランファ様のための勉強が必要ですよ」
「……別に気になってないです」
「ではこちらに集中を」
「勉強は苦手なんです。それに、これから会う人のことをそんなに事前に覚えておく必要があります……?」
「あります。ランファ様の印象をさらに良くするためです。ただでさえこんなに仰々しい護衛に囲まれているのですから、これまで以上の努力が必要ですよ」
「これ以上頑張っても、私のことだからいつかボロが出ると思うのですけど」
「ご安心ください。多少のボロが出てもなんとかするために我々がいます」
「……もっと気楽に生きたいのになあ」
「存じております。今頑張れば、あとはノンビリできますよ」
「どれくらい頑張ればいいですか?」
「そうですね。少なくとも、二年ほど」
「な、長いですう」
ライラはがくりと項垂れた。
そんなライラに、支店長が小さく苦笑いした。
やがて辿り着いた、街の集会所。
馬車から降りたライラを多くの人々が出迎えてくれた。
中には、最近まで老人病患者だったらしい者もいた。
皴の残る人々の手を取ったライラは、早々集会所の内へ飲み込まれていった。
「なにか不足しているものはありませんか」
人々に囲まれながら、ライラは尋ねた。
皴の残るひとりの男が、微かに目を細めた。




