護衛騎士たち
遅々として進まなかった、ファロウの下水管工事。
ようやく先を見通せるようになったと、ガンカが報告してくれた。
とはいえ、下水について、街の人々の考えが大きく変わったわけではない。
ランファという存在が大きいのだと、ガンカの隣に座るクナドの支店長が言った。
「ランファ様を聖女として崇める団体ができたと聞きます」
「……うそ?」
「本当です。かなりの人数であるとか」
ガンカの言葉に、ライラは眉根を寄せた。
クナドの支店長もまた、ガンカに同意した。
そうして、ライラの前に一枚の紙を見せてくれた。
それはソウカンの屋敷で見た、日報綴だった。
「元々散見されてまいましたが、十日ほど前から組織的になったとのことです」
「十日ほど前?」
ライラはズキリと胸が痛くなった。
十日前といえば、ソウカンの屋敷に行ったころだ。
その団体に、ソウカンの息がかかっているのは間違いない。
(噂の管理のために……団体を作ったということ……?)
疑念が過ぎった。
しかし、ぐっと堪え、掃った。
ソウカンに任せると、自分から言ったのだ。
いまさら不満を抱くのは筋違いというものである。
今は耐える他ない。
ソウカンが上手く事を収めてくれるまで、祈って待つしかない。
「……とりあえず、それはもういいです」
「気にならないのですか?」
「気にならないわけじゃないです。でも気にしても意味がないし、気にしつづけられるほど私は心が広くないので」
「まあ、そうですね。心の広さは別として、今は気にしないのが上策でしょう」
「でしょう? だからそろそろ出掛けましょう。今日は治療が終わった患者さんのところへ行くのでしょう?」
ライラは気を取り直し、立ち上がった。
ライラにつづいてガンカと支店長も立ち上がり、三人揃ってライラの邸宅を出た。
邸宅の外に、やや大きな馬車が着けられていた。
大きな馬車の前後には、騎士たちが控えていた。
その騎士たちは、ソウカンのお抱えの騎士だった。
ライラの護衛のため、最近は必ず派遣されてくるのである。
「この護衛、やめてくれないかなあ……」
ライラはぽそりとこぼした。
ガンカと支店長も同意らしく、小さく頷いた。
出掛けるたびに、仰々しくなるからだ。
あまりにやりすぎれば、かえってランファの印象が悪くなる。
もちろん、騎士の派遣をやめてほしいと、ソウカンには伝えていた。
クナド商会からの護衛も数人侍らせているから、という理由で。
しかしソウカンは、騎士の数を減らすだけで、護衛の派遣を止めなかった。
大事な聖女さまにもしものことがあってはならない。
とにかくアレコレと理由を付け、騎士による護衛を継続させられた。
「……ところでブラムはどこに行ったの?」
とぼとぼと馬車の傍まで来て、ライラはふと顔を上げた。
出掛ける時は、付いて来ようと来まいと、必ず顔を見せるブラムがいなかった。
するとすぐ、ライラの後ろで馬が嘶いた。
「こちらにいますよ、お嬢様」
驚いて振り返ると、少し高いところからブラムの声が落ちてきた。
ブラムが馬に乗り、ライラを見下ろしていた。
やや得意げな表情。
ほんの少しだけ、癇に障る。
「……ブラム。その馬はどうしたの?」
「買いました。本日は馬車の隣を並走し、護衛にあたります」
多くの人がいる手前、ブラムが丁寧な口調で言った。
ライラは訝しむようにして片眉を上げ、ブラムの傍へ寄った。
ブラムが下馬してライラに恭しく礼をする。
ライラはすぐにブラムへ詰め寄り、耳元へ口を寄せた。
「……どういう風の吹き回しですか」
「……ああ? 分かんねえのか、このウスラバカが」
詰め寄られたブラム。
表情を変えないまま口調を荒げた。
ライラは小さく首を傾げ、ブラムを睨んだ。
「……なんのこと?」
「……少し前に付いたソウカンの騎士どもだ。俺あ、こいつらを信用してねえ」
「……それは分かるけど、……馬車の外で目を光らせておくってこと?」
「……そういうこった。なんかあったとき、お前を守れねえからよ」
短く答えたブラムが、そっとライラから離れた。
長く話しすぎては、周りに妙と思われるかもしれない。そう思ったのだろう。
ライラはまだブラムに尋ねたいことがまだまだあったが、ぐっと堪え、半歩下がった。
ライラと、ガンカと支店長が馬車へ乗り込む。
一拍置いて、騎士たちの掛け声がひびいた。
その掛け声に押され、馬車が走りだした。
ブラムの声は聞こえなかったが、ブラムの馬の嘶きだけ、遅れて聞こえた。




