聖女ランファ
「ここにひとつ、ランファ様のことが記されています」
「私のことが??」
「ええ。老人病を克服させたランファ様を、聖女のように讃える人々が現れていると」
「……えええ、冗談ですよね」
「はは。まあ、これらをお読みください」
ソウカンがそう言って、二枚の日報綴を手渡してきた。
ライラは首を傾げつつ受け取り、日報綴に目を通す。
しばらく読んで、あっと思わず声をあげた。
「……ほ、本当に、わ、私のことが」
「ええ。どちらも大きく取り上げておりますぞ。先ほども申しましたが、ランファ様のご活躍についてはファロウの街の隅々まで知れ渡っているところ。いずれウォーレン中に名が知れることでしょう」
「……まさか」
「はは。誇張はしておりませんよ」
「……そんな」
ライラはぞくりとした。
まさか自分のことが街を越えて知れ渡るなど、思いもしなかったのだ。
(……マズいことに、なったかも)
ライラは一瞬、肩にいるペノに視線を向けた。
ペノは特に動じていなかった。むしろ暢気に毛づくろいしている。
いや、この能天気なウサギなど当てにしてはいけないか。
ライラは日報綴へ目を向けなおし、唾を飲み込んだ。
これまで、偽名を使って街から街へ点々としてきた。
それはライラの不老と、ブラムが魔族であることを隠すためだった。
それが今、水の泡となったのではないか。
今すぐにファロウから、いや、ウォーレンから逃げ出すべきではないか。
ピリッとした空気が、ブラムから伝わってきた気がした。
ライラはもう一度唾を飲み込み、ソウカンへ視線を向けた。
「……こういった噂を、隠すことはできますか」
「ほう?」
ソウカンが目を細めた。
予想外の言葉だったのだろう。
「……つまりその、そう、話に尾ひれがついては困ります」
「ランファ様は謙虚ですな。まあ、分からなくはない」
「なんとかなりませんか。管理しきれないほどの噂話が出回って、自分の生活が脅かされたりしたくないのです」
嘘ではない。
不老はともかく、淡々と贅沢して生きていきたいのは本当のことだ。
その心の内までは拾えないだろうが、ソウカンが小さく頷いた。
貴族という立場からか。ソウカンも管理しきれないものは好きではないらしい。
「なるほど、たしかにその通り。ならばランファ様の噂については、私にお任せいただきたい。悪いようにはしません」
「本当ですか」
「無論、多少の見返りはいただきますが」
「というと」
「そうですな。たとえば……ランファ様の後ろ盾が、この私ソウカンであると、公にしてもよろしいですかな」
「それは今までもそうだったのではありませんか?」
「これまでは、正式にではなかった。大変失礼ながら、ランファ様の老人病対策が失敗に終わる可能性もありましたからな」
「いつでも縁を切れたと」
「そう。しかしこれからは違います。しっかりとした縁を結ばせていただく」
「わかりました。それはお任せします」
「……はは。ありがたいお返事です。では、その通りに」
ソウカンが笑顔を見せた。
その笑顔が、妙に重いなと、ライラは思った。
ペノもそう感じたのか。
ライラの肩の上で、長い耳を数度震わせた。




