日報綴
「お呼びして済まないね、ランファ様」
屋敷に着くや、ソウカンが両手を広げ、出迎えてきた。
周りの使用人たちも、王様を迎え入れるようにライラへ礼を尽くした。
その歓待ぶりに、ライラよりも驚いた者がいた。
ライラを連れに来た、厳めしい男だ。
厳めしい男が戸惑いの様子を見せる。
それを察したソウカンが、使用人のひとりを呼んだ。
呼ばれた使用人はすぐさま厳めしい男を連れて行き、どこかへ消えた。
「失礼があったようですな」
「なにもありません。彼はどこに?」
「あやつに相応しい場所です。はは。気にせずとも宜しい」
そう言ったソウカンが、恭しくライラに礼をした。
ライラも返礼し、屋敷へ手招くソウカンに応じて、進んでいった。
屋敷の雰囲気が以前と違う。
ライラは廊下を進みながらそう思った。
居心地がいいような。まるで自分の家のような。
どうしてだろうと思っていると、ライラの肩でペノが囁いた。
「ライラの邸宅に雰囲気が似ているねえ」
言われてすぐ、ライラはハッとした。
たしかに調度品など、ライラの邸宅にあるものと似通っていた。
壁紙も以前と違い、ライラの邸宅の雰囲気にやや合わせてあった。
「お気付きですかな」
ソウカンがニカリと笑った。
ライラは頷き、首を傾げてみせた。
「ランファ様の邸宅の趣味が、大変素晴らしいと。妻に聞かされましてね」
「リイシェン様に?」
「ええ。それで全面改装した次第です。たしかにこれは良いと私も思っているところです」
「恐れ入ります」
「いやはや。居心地が良いと、屋敷にいる時間も増えてしまいますな」
「それは……そうですね」
ライラは苦笑いして、ちらりとブラムのほうを見た。
ブラムがにこやかに笑っていた。
外行きの笑顔だった。
しかしその笑顔の裏では笑っていないと、ライラは感じ取った。
行き着いた先の応接室も、居心地が良かった。
椅子もテーブルも、絨毯も、空気の流れに至るまで、ライラの邸宅に似通っていた。
異常だなと、鈍感なライラでも感じ取った。
それでも、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「近頃、ランファ様のご活躍についてよく耳にしています」
椅子に座るや、ソウカンが明るい表情を向けた。
いつの間にか同席していたリイシェンも、ソウカンに同意して笑顔を見せた。
「老人病も克服しつつある。このファロウは、ランファ様に救われたようなものです」
「いえ、ソウカン様のお力添えがあってこそです」
「はは。ご謙遜を」
ソウカンが笑い、一枚の紙を取り出した。
紙にはびっしりと文字が書き込まれていた。
「新聞、ですか? これは」
ライラは首を傾げつつ、紙に書かれた文章に目を通した。
そこには最近に起こった出来事が、手書きで記されていた。
印刷物ではないが、間違いなく新聞だ。
しかしライラの言葉を聞き、ソウカンもまた首を傾げた。
「新聞……ですか? はは。面白い言い方だ。なるほど、たしかに言い得て妙ですな」
「え、え? あ……いえ、その」
ライラはハッとして、口を噤んだ。
そうだった。この世界には新聞などという言葉はないのだ。
面倒な相手に、余計なことを言ったなと、ライラは後悔した。
「はは。これは日報綴と言いましてね。最近の情報をいくつもまとめたものです」
「日報綴……。貴族の方は皆さん、これを?」
「その通り。貴族だけでなく、大商人も高い金を払って読んでいるでしょう」
「高いのですか。これが」
「最新の情報とは、高いものです。そしてここには、公開されている情報のみを記している」
にかりと笑うソウカンが、日報綴を指差した。
なるほどと、鈍感なライラにも理解できた。
情報とは多くあればあるほど有益だが、面倒なものでもあるからだ。
表に出回っている情報のほとんどは、煩雑なものばかり。
日報綴なる最新の情報なら、なおさら煩雑で、それを読み解くのは非常に面倒なことだろう。
しかし、誰よりも先に非常な面倒を整理することができたなら。
誰よりも先に、自らの駒を有利に進ませることができるに違いない。
「そしてここにひとつ」
日報綴を見つめるライラの頭を、ソウカンの声が打った。
ライラは顔を上げる。
ライラの前に、ソウカンの手が伸びた。
とソウカンの手には、新しい日報綴が握られていた。




