ご飯、美味しかったね
意を決した、館での会食。
予想に反し、短い時間で済んだ。
商売の話をすることもなかった。
老人病の話もなかった。
お互いの関心事を話す程度の、他愛もない会食であった。
もしかすると、腹の内を探るような会話があっただろうか。
ライラは帰りの馬車の中で思い返してみた。
しかしどれほど考えても、引っ掛かるようなことはなかった。
記憶に残っているのは、料理が美味しかったということだけだ。
「ご飯、美味しかったね」
「いや、俺は食ってねえんだぞ。お前の後ろに控えてただけだからよ」
「そうだっけ」
「っけ。ずいぶん楽しめたようで何よりだな」
「うん、美味しかった」
「クソが」
ブラムが吐き捨てるように言う。
往路で同行していた商人の男が別の馬車で帰ったため、言いたい放題吐けるのだ。
「普通の食事会だったよね?」
ライラはブラムの悪態を気にせず、首を傾げてみせた。
眉根を寄せたブラムが、「そうかもな」と同意した。
「まあ、食事の席で病の話はできねえだろ。商売の話にしても無粋かもしれねえしな」
「じゃあ、何の意味があるの? これ?」
「大金を動かしてるお前がどんな奴か、顔を拝みたかったんだろうよ。もしクソみてえに小物なら縁を切ろうとか考えてくるかもしれねえな」
「……大丈夫かな? 私、小物感出てなかった?」
「出てねえよ。もうじき三百五十歳の婆さんだぜ? 俺から見りゃあもっと堂々としろとは思うがよ。だが、他の奴らが見るお前は、金持ちとはいえ、ただの十五、六歳くらいの女なんだ。それぐらいの歳の女がよ、お偉いさん相手に堂々と飯食ってんだ。落ち着き過ぎで気味が悪いってもんだぜ」
「へえ……、そう。……今の説明、わざわざ婆さんって言う必要があった?」
「るせえ。そこじゃねえだろ。なにに突っかかってんだ、お前は」
「突っかかるに決まってるでしょ! 馬鹿ブラム!」
「馬鹿って言うんじゃねえ、クソ馬鹿ライラ」
「あああ!? クソ馬鹿まで言ったあ!? もう今日は絶対許さないから! 許さないからあ!!」
叫び声をあげたライラは、両拳を握り、ブラムへ飛び掛かる。
怒号飛び交う馬車。車を曳く馬が驚き、静かな夜へ嘶いた。