担ぎ上げる者、流される者
異様な空気だと、ライラは思った。
ライラを王のように扱う商人たちの目が、鋭くなった。
とはいえ敵意を向けているわけではない。
大金持ちの娘がなにを言い出すのか、興味があるといった表情だった。
「……私は、お金が嫌いなわけじゃありません。稼げるのは良いことだと思います」
「しかし、ということですかな?」
「ええ、しかし、です。……まだ老人病は収まりきっていません。このような中、次へ次へと話を進めていっても良いのでしょうか」
ライラが言うと、商人たちの目が曇った。
せっかくの儲け話を白紙にしろと言われたも同然であるからだ。
ところが支店長だけは違った。
むしろライラのその言葉を待っていたと言わんばかりだった。
「もちろん、ランファ様の言う通り!」
大声をあげた支店長が、ライラに跪いた。
その行動に、数人の商人たちがざわついた。
「ランファ様には、是非、その考えであっていただきたい」
「……どういうことですか?」
「他意はありません。ランファ様の『現状を憂う』姿を、ファロウの民衆に知らしめるのです」
「……意味がよく分からないのですが」
「つまり、私たちが事を進めるためにはファロウの貴族たちの関心だけでなく、民衆の支持も必要ということです」
「皆さんが貴族や金持ちの方に裏工作をしている間、私は表向き、まるで天使のように民衆に寄り添っておけっていうことですか」
「おおまかに言うと、まさにその通りです。その両輪があってこそ、そのさらに先にある計画を大々的に進められます」
支店長が跪きながら言った。
「さらに先にある計画」。
それは支店長が以前に言っていた、ランファを貴族並の権力者にすることだった。
ランファが権力者と成れば、クナド商会はさらに大きくなれる。
ライラもいずれ莫大な財を得ることができるだろう。
(……でも、なんか、嫌だな)
得られるものを想像しても、ライラの胸の内は嫌悪感で満ちた。
悪いことというより、汚いことをしているような気分になった。
しかしそうと分かっても、抗おうとまでは思わなかった。
まず、抗う方法が思い付かない。
方法があったとしても、抗うより流された方が楽だという気持ちが、やや勝った。
そういうライラの性格を、支店長は見透かしているのだろう。
だからこそライラを担ぎ上げようとしている。
「……ではひとつだけ、条件があります」
思い通りに担がれることを覚悟して、ライラは支店長を見据えた。
ごくり、と。支店長と幾人かの商人が、唾を飲み込んだ。
「危ない橋は渡らないでください」
「と言いますと」
「計画を進めるのが困難と分かった時点で、私は手を引きます」
ライラが言うと、支店長が目を細めた。
ファロウの街でランファを権力者に押し上げる。
それが難しいことは、誰もが認識していた。
すでに在る権力者から、一部の権力を奪うことになるからだ。
ランファを敵視する者も、これから現れるだろう。
そのような中で計画を進めれば、争いが生まれてしまう。
最悪の場合、血が流れるような争いまで発展するだろう。
「争いは望みません。先ほども言いましたが、老人病はまだ収まっていません。悲劇の先の悲劇を望む人がファロウにいるとは思えません」
「もちろんです。老人病対策をないがしろにすることはありません。ランファ様に対しては、それ以上に。クナド商会にとって、貴方様は女王同然なのですから」
「分かっていただけているなら、それでいいです。あとは好きにしてください」
「御意に。後ほど、ランファ様にご協力いただきたい項目をお伝えに参ります」
「ええ、分かりました」
ライラは頷き、席を立った。
支店長と商人たちが立ち上がり、ライラが退室するまで頭を下げた。
一緒に入室してきたガンカは、会議場に留まった。
「すぐに終わりますので、外でお待ちください」とガンカが言う。
ライラは早々に帰宅したかったが、別室で待つことにした。
「面白いことになってきたね」
周りに誰もいなくなったあと、ペノが目を輝かせた。
ライラはため息を吐く。
「全然面白くないです。老人病を治したかっただけなのに……」
「そう思ったのが運の尽きだねえ。ライラの金遣いの荒さで、別の世界の知識まで使おうとしたんだ。面倒ごとに巻き込まれて当然だよ。むしろこの程度で済んで良かったと思うべき?」
「さっさと別の街へ行けば良かったのかな」
「まあ、そうだろうね! ボクならそうする!」
「神様がそんなこと言っちゃっていいの?」
「はっは! 別に何でもかんでも救えるわけじゃないからね!」
ペノが愉快そうに笑う。
ライラはため息を吐き、長椅子にごろりと横たわるのだった。