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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十五章 黄金の時
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歪みの先、表か裏か


駆ける馬車の中。

正面に座るガンカが、真剣な面持ちでライラを見据えていた。

対するライラは、乗り物酔いに耐えていた。

揺れる馬車の中で、ガンカが大量の書類を読ませようとしてきたからだ。



「それほどに揺れに弱いとは知らず、大変失礼しました」



ガンカが申し訳なさそうに言った。

しかしライラには返事する余裕などなかった。

正直今すぐ馬車を飛び降り、休みたかった。



「……仕方がありません。馬車を止めて、少し休みましょう」


「……そ、そうさせてくださ……い」


「いやはや、これは、会合どころではありませんね」



そう言ったガンカが、馬を止めるよう御者に声をかけた。

間を置いて、馬車が止まった。

そこは街の広場だった。

広場の端に、石のベンチが幾つか置かれていた。

ライラはよろめきながら馬車を降り、ベンチに腰かけた。


ぐわん、と。

世界が歪んだように見えた。



(短時間でこんなに酔ったこと……あったかな)



ライラはぐるりと過去を振り返ってみた。

するとその思考がさらに酔いを酷くさせた。

あまりの辛さに、ライラは石のベンチに身を預け、横たわった。



「大丈夫ですか」



少し離れたところから、声が届いた。

誰の声だろうと、ライラは顔を伏せながら考えた。

男の声か、女の声かも分からない。

乗り物酔い極まったライラの耳は、周囲の音を歪ませていた。



「……ランファ、様?」



先ほどの声が、すぐ傍で聞こえた。

女の声だった。

ライラは目だけを声のほうへ向けた。



「…………リイシェン……さま……?」



歪む視界の中。

ふわり、と。


リイシェンの姿が映った。

長い間を置いて、ライラはハッとして、顔を上げた。



「う、わ、……わ! リ、リイシェン様!?」



ライラは慌てて起きあがる。

しかし酔いが収まったわけではないので、すぐさまふらりとよろめいた。

その様子を見たリイシェンが、ライラの身体を抱き支えた。



「具合が悪いようですね」


「……あはは、少し、休んでました」


「そうでしたか。よろめきながら馬車から降りてこられたもので、心配になり、お声がけいたしました。……この後のご予定に間に合いそうですか?」


「たぶん、間に合います……たぶん」



ライラは困り顔を見せて、リイシェンの腕から起きあがった。

起きあがりながら、ライラは心の内で首を傾げた。



(……リイシェン様に、会合のこと……言ったことがあったかな?)



商人たちとの会合は、クナド商会が中心になって開いている会議だった。

会議では、主に診療所運営と、ファロウ郊外新区域の整備が話し合われていた。

しかし会合中はいつも、それだけの話では止まらなかった。


会合の最後には、ファロウでの今後の権益についても話し合っていた。

そのため商人たちとの会合については、公にしていなかった。

特に、貴族たちには知られないようにしていた。

妙に勘繰られ、面倒なことになっては困るからだ。

つまりリイシェンにも、会合のことを伝えていないはずだった。



「どうかしました?」



リイシェンが首を傾げ、ライラの顔を覗き込んだ。

ライラはハッとして、笑顔を作ってみせた。



「い、いえ、なんでもありません」


「そうですか? まだ顔色が悪いですから、無理はなさらないでくださいね」



微笑んだリイシェンが、懐から金属製の小さな箱を取り出した。

箱の中には、見たことのある丸薬が入っていた。

間違いなく、ライラが時々飲んでいる酔い止めの丸薬だ。



「さあ、こちらを飲んでください」


「……ありがとうございます」



ライラはふらつきながら頭を下げ、丸薬を飲んだ。

この丸薬には独特な香りがあった。

その香りだけで、不快が渦巻いていたライラの胸元は落ち着きを取り戻していった。


遠くで様子を見ていたガンカが、リイシェンに深々と礼をした。

リイシェンもガンカに礼をして、ライラからそっと離れた。



「お約束の時間に間に合うといいですけど」



リイシェンが微笑みながら言った。

その声に、ライラは一瞬、ぞくりとした。

やはり会合のことを知っているのではないかと。


しかし、万が一知られていても今は問題ないはず。

ライラはそうやって、自らを落ち着かせた。


商人たちと法を犯すようなことはしているわけではない。

ソウカンを害するような話し合いもしてはいない。

今はまだ。まだ、疚しいことはしていないはずだった。

そうと分かっていても、ライラの首筋は少し冷えた。

リイシェンの背に、ソウカンの姿が見えた気がして、恐ろしくなった。



「それではリイシェン様。失礼いたします」



ライラの代わりに、ガンカが別れの挨拶をした。

わずかな間を置いて、ライラもリイシェンに挨拶をした。



「気を付けて行ってらっしゃい、ランファ様。馬車はゆっくり走らせてあげてくださいね、ガンカ様」


「承知いたしました」



跪くように礼をしたガンカが、ライラの手を取った。

ライラはもう一度リイシェンに礼をして、ガンカと共に馬車へ乗り込んだ。


馬車に乗り、外を見る。

ゆっくりと進む馬車の中で、ライラはリイシェンの姿を目に映した。

リイシェンが微笑みながら、手を振っていた。

いつも通りの、優しいリイシェンの姿だった。

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