早馬
ところがペノが、ケロリとした表情で笑った。
次いで、窓の外をちらりと見た。
「それはそうだけど、なんとかなるでしょ?」
「どうしてですか」
「今ね。ライラの家のほうからこっちへ、早馬が来てるんだよ」
「早馬……? どうして?」
「グナイが治った、とかじゃない? 今朝は具合が良さそうだったしね」
「は、早く教えてくださいよ!!」
ライラはペノの耳を掴み上げ、放り投げた。
事務職員たちに馬車を呼ばせ、飛び乗り、駆けさせた。
慌てるライラに、事務職員も御者も首を傾げたが、ライラは気にしなかった。
今のライラにとって、なにを置いても大事なことだったからだ。
ライラの邸宅へ向かう途中。
ペノが言った通り、早馬の使いと出会った。
使いからの知らせは、ペノが言った通り、グナイのことだった。
邸宅の前へ着くと、使用人のひとりがライラの帰りを待っていた。
ライラが馬車を降りると、待っていた使用人がライラへ駆け寄ってきた。
「早馬を出したばかりですのに」
使用人が首を傾げつつ、ライラの後ろへ付いた。
そうして邸宅へ向かいながら、グナイが快方へ向かっていることを教えてくれた。
「グナイには会えるの?」
「たぶん大丈夫でしょうと、診療所の方が仰っていました。私も遠目で見ましたが、顔色が良くなっていると思いました」
「アテンは、どうですか」
「アテンさんはまだ良くなっていませんが……やはり顔色だけは少し良くなったと」
そう言った使用人が、グナイの療養部屋を指差した。
その部屋は、これまで使っていたグナイとアテンの部屋とは違っていた。
ライラと面会できるよう、グナイだけを別の部屋へ移したのだろう。
部屋の前にはブラムがいて、帰ってきたライラを出迎えた。
「ずいぶん早く帰ってきたじゃねえか」
「当たり前ですよ」
「ガンカに仕事を押し付けてきたんじゃねえだろうな」
「元から押し付けているので平気です」
「そいつあご立派なこった。給金を倍にしてやれよな」
「分かってますよ。それよりグナイは」
「ああ、中で待ってるぜ。だけど静かにしろよな。まだ病人なんだからよ」
「それも分かってますってば!」
ライラは頬を膨らませ、グナイの部屋へ飛び込んだ。
グナイの療養部屋には、診療所の所員と、ライラの邸宅の使用人が数人いた。
その中心に、ベッドに横たわっているグナイがいた。
近寄って見ると、グナイがライラに気付いて視線を向けた。
「……ああ、ライラ様」
しゃがれた声が、グナイの口から漏れた。
グナイは病の名の通り、年老いた顔になっていた。
しかし聞いていた通り、顔色だけは良くなっていた。
素人目でも、快方に向かっていることがはっきりと分かる。
ライラはグナイの手を取り、ほっと息を吐いた。
「心配しましたよ、グナイ」
「長らくお食事の用意を出来ず、申し訳ないことで」
「ええ。早く復帰してもらわないと。そろそろブラムの料理は飽きましたからね」
「おい、聞こえてんだぞ、馬鹿ライラ」
「馬鹿って言わないで」
ライラは部屋の入り口にいるブラムを睨みつけた。
ブラムが両手のひらをライラに向け、肩をすくめた。
その様子を見て、グナイが笑った。
「アテンも今朝、調子が良さそうでした。ついでに、ずいぶん痩せましてね。最近は少し太り気味だったもんだから、丁度良かったってもので」
「アテンが聞いたら怒りますよ」
「はっは、たしかにそうかもしれませんや。これは内緒にしてくださいよ」
「どうしましょうかね?」
「あいや、ライラ様。勘弁してください」
グナイがもう一度笑った。
しかし疲れたのか。パタリと目を閉じた。
急に静かになったので、ライラはぞくりとした。
しかし間を置いてグナイが寝息をたてたので、ライラはほっと胸を撫で下ろした。