無くしたくない
新しい診療所の隣の建屋に、大荷物が届いた。
荷物の中身は、大釜であった。
大釜はひとつだけではない。
十以上の釜が、建屋の中に並べられた。
「ランファ様、こちらはなんでしょうか?」
中年の小太りの男が首を傾げた。
男は大釜ではなく、大釜の隣に置かれた木箱を見ていた。
「この中身は、石鹼です」
ライラが答えると、小太りの男が再び首を傾げた。
「石鹸、ですか?」
「エルオーランドの南東部では一般的な、身体を洗う道具ですよ」
「ほほう、初めて見ました」
「……まあ、少し高価ですし。ファロウで使っている人はいませんからね。でもこれからは使いつづけてもらいますよ」
「なるほど、そのようにいたします」
小太りの男が数度頷き、木箱を開けた。
木箱に詰め込まれた大量の石鹸。
それを手に取り、小太りの男がメモを取っていく。
小太りの男は、ガンカという名の、ファロウ出身の人であった。
ガンカは見た目通りに体力がなく、仕事を転々としていたらしかった。
しかし頭の回転が速く、気配りのできる男だと、ブラムが連れてきた。
ライラはブラムを信用して、ガンカを重用することにした。
診療所と、診療所に係る様々な管理をガンカに任せていった。
「少し仕事量が多すぎたかな」と、ライラは心配したが、すぐに杞憂と知った。
ガンカは予想以上によく働き、診療所にかかわる細かな業務まで把握していった。
「ファロウの商館の下っ端とは思えねえだろ?」
その日の夕食後、ブラムがしたり顔で言った。
最近ブラムとは、夕食と食後のわずかな時間しか会えていない。
このわずかに苛立ちを覚えるしたり顔も、今となっては少し嬉しい。
「これで私は、本当に何もしなくても良さそうです」
「ちったあ働けよ」
「働かなくてもいいように、いつも頑張ってるのですよ?」
「努力の仕方が違えんだよなあ」
「すごいでしょう」
「いや、褒めてねえんだよ」
ブラムが呆れ顔を見せた。
ライラは笑顔を返し、ブラムに向かって手を振ってみせた。
こうしたブラムとのやり取りも、嬉しいことだとライラは思った。
これまでの何気ないことに、幸せが潜んでいたのだと気付く。
気付いたからには、無くせない。
アテンも、グナイも。ブラムとの旅も、無くしたくないとライラは願った。