這い寄る病
老人病。
流行り病がそう呼ばれるようになった頃、グナイが感染した。
アテンとグナイの看病は、ブラムがすることとなった。
今度こそ自分が看病するとライラは願ったが、ブラムが許すことはなかった。
「診療所の準備をしとけ」
詰め寄るライラに、ブラムがそう答えた。
ライラは納得がいかなかった。
にじり寄ってくる病に、焦りと、恐れを覚えたからだ。
その恐れが、ライラの口を歪ませた。
「次は……! ブラムかもしれない、ですよ!」
「だからなんだ」
「ブラムが倒れたら……私……私、は……どうすれば」
ライラは項垂れる。
病に倒れる心配だけではない。
最悪のことまで、ライラは想像した。
胸の奥が握り潰されそうだった。
ひとりになるかもしれないという、恐怖。
メノス村を去った日のことを、ライラは思い出した。
「そうはならねえよ」
ライラの不安を察してか。
ブラムが、ライラの背をとんと叩いた。
「何度も言ってんだろ。俺はお前らとは鍛え方が違うんだ」
「……鍛えたって、病気は別……ですよ」
「病気の原因は小せえ魔物かもしれねえって、ペノが言ってたじゃねえか。お前、俺が魔物に負けると思ってんのか?」
「……クアンロウの時は、負けそうだったじゃないですか」
「るせえ。あん時は、骨張った婆さんが背中にいたからだ」
「……だ、誰が! 婆さんって……!?」
ブラムの軽口に、ライラは大声をあげる。
ブラムがにかりと笑い、再びライラの背を叩いた。
どうやら元気付けようとしてくれたらしい。
こういった方法での励ましはいらないのだがと、ライラは苦い顔をした。
「とにかく、診療所の準備をしとけ。そうすりゃ、万が一俺が倒れても、診療所の所員が俺らを看てくれんだろ」
「……そう、ですね」
「飯炊きできる奴も雇っておけよ。お前じゃあ、病人用の食は作れそうにねえからよ」
「それは……抜かりなくしなくてはいけませんね」
「っは。たまには『私が作ります』って健気に言えねえもんかね」
「言えると思います?」
「だよな。もう、お嬢様じゃなくて、お姫様って域に達しつつあるな、お前はよ」
「照れますね」
「……褒めてねえんだよなあ」
ブラムが首を横に振り、両手でライラを追い払うような仕草をした。
ライラは数歩下がる。
ブラムが浄化の魔法道具を使い、明かりを点けた。
浄化の淡い光が広がり、部屋を満たした。
「おら、さっさと行け。お互い、出来ることをやろうじゃねえか。俺は絶対にアテンとグナイを死なせねえ。お前は街のやつらを死なせねえようにしろ」
「……私の担当人数のほうが……多くないですか」
「るせえ。めんどくせえことはロジーに任せりゃいい、御者の奴もいるからよ。それ以外にも人を雇え」
「もちろんそうします」
「っは。いつものお前らしくなってきたじゃねえか」
ブラムが笑う。
ライラは苦笑いして、翻った。