遠ざかる
(……どうしよう)
家路につく間。
ライラはクロフトの言葉を何度も反芻させた。
そして、クロフトの言葉を手放しで喜べない自分に驚いていた。
もちろん、クロフトに対する好意は今でも確かに在る。
両想いのようなものであったことは、素直に嬉しかった。
けれど、不安がぬぐえない。
胸の内にある虚しさや寂しさが、余計な不安を生んでいるのか。
纏まらない考えが、ぐるぐると無意味に回りつづける。
「…………い……」
とぼとぼと歩いているライラの頭の上を、なにかが通りすぎた。
「……ら……おい……」
それが声だと気付いたのは、しばらくしてからだった。
ライラの不安を無理矢理掻き消すように、何度も声が飛んでくる。
「……おい、馬鹿ライラ!」
十数度目の声。
この声は、あれだ。
振り返ることなく、ライラはため息を吐いた。
「……ねえ、ブラム。……今日はもう疲れてるの」
「ああ? まだ朝だぞ??」
「それでも、今日はブラムの相手は出来ないわ」
ライラはため息混じりに言った。
本当に今だけは、ブラムと喚きあう余裕がない。
クロフトのことだけを真剣に考えていたかった。
「……は! 男に告白されただけでなんだあ、その顔は? おもしれえ!」
ブラムが嘲笑う。
その言葉を受け、ライラはようやく振り返った。
愉快そうにしているブラムの顔。
ああ。今までで一番、癇に障る顔だ。
「……聞いてたの?」
「聞こえたんだよ、お前もあの男もホントに馬鹿だな。酒場の前だぞ? 他の奴らも聞いてらあ。朝っぱらから温けえってな! はは!」
嘲笑う声が大きくなった。
ライラは不快感に満ちていき、ブラムを睨みつける。
自分を馬鹿にするだけなら、すればいい。
クロフトの想いに戸惑い、すぐに答えてあげられない自分は確かに馬鹿だと思うからだ。
しかしクロフトは違う。
ライラとは違い、素直な想いを言葉にしてくれたのだから。
「あっちへ行って。ブラム」
「ああ?」
「今は喋りたくないの」
「なんだあ? 馬鹿ライラ!」
「なによ!」
「さっさとあの馬鹿男と都に行くって言えばいいじゃねえか!? 俺はそのほうがいいぜ。お前の馬鹿みたいな魔力を感じずに済むからな! 清々すらあ!!」
「……っ!?」
ブラムの刺々しい言葉。
顔面を引き裂かれたような気がした。
どうして今、こんなことを言ってくるのか。
最近はブラムとの関係もそれほど悪くないと思っていたのに。
ライラは不快感と苛立ちが、心に満ちた。
同時に、虚しさや寂しさが、心を穿った。
そこへ、ブラムの言葉が混ざりあい、搔き乱されていく。
『どうせ、この世界の人間ではない』
心の底にあった想いが、ライラを覗いた。
所詮はよそ者なのだと、思い出すさせた。
だからこそ、ブラムの言葉に傷付くのだ。
クロフトの好意にも、苦しんでしまうのだ。
ああ、もう。
嫌だ。
嫌だ。嫌だ!
「もうあっちへ行って! あなたなんて大嫌いよ!」
心に溢れた苦みから、声が噴きだした。
しかし口から発した瞬間、ライラは「しまった」と思った。
はっとして目を細め、ブラムから目を逸らす。
「ああ? そいつあ奇遇だな! 俺もだよ!!」
ブラムが叫んだ。
売り言葉に買い言葉なのか。
はたまた、ブラムの本心なのか。
その言葉に、ライラの胸は締め付けられ、ひどく痛んだ。
胸の痛みで俯くライラをよそに、ブラムの足音が聞こえる。
怒りに満ちた音だ。
遠ざかっていく。
「……っ」
ライラは慌てて顔を上げた。
謝ろうとして。
しかしブラムの背はすでに遠かった。
声をかけたとしても届きそうになかった。