浄化魔法の効果
アテンが流行り病にかかってから、三日が経っていた。
病状は緩やかに悪化していた。
重症化している患者ほどではないが、くたびれた顔をしているという。
「……私も看病してあげたいのだけど」
「ダメだっつってんだろ」
ぽそりと呟いたライラに、すかさずブラムが叱りつけた。
この家の主人は、ライラだからだ。
しかも普通の主人ではない。ライラにはお金を無限に出す力がある。
高価な薬なども、ライラの力さえあればどれだけでも買えるのだ。
ならばブラムたちにとって、ライラの健康は死守すべきものとなる。
「……それよりも、お前が作ろうとしてる水ってやつの、その作り方を早く教えろ」
「……混ぜるだけですよ」
「砂糖と塩か??」
「そうです」
「絶対不味いだろ」
「美味しいものを作ろうとしてるわけじゃないので……」
ライラは眉根を寄せ、厨房へ入る。
ブラムも後から入ってきて、持ってきた木箱をこじ開けた。
中には幾つもの壺が入っていて、その中に砂糖と塩が詰められていた。
花の蜜が入った小さな容器も、別にして入っていた。
ライラはそれらを少しずつ水に溶かした。
分量などは分からないため、少し溶かしては試飲するということを繰り返した。
しかしどれほど繰り返しても、ブラムの言う通り、不味い水となった。
花の蜜や果汁を足してみても、美味しいとは言えなかった。
「……まあ、仕方ないですよね」
「……薬だと割り切って飲ませるしかねえな」
「……申し訳ないです」
「普段から料理の勉強をしてりゃあ、もうちったあマシになったかもしれねえな」
「……検討しておきます」
「そこはお前……頑張るって言うべきだろ……」
ブラムが呆れ顔を見せる。
ライラは首を横に振って、小さく笑い返した。
経口補水液以外に、ライラは香茶も用意した。
香茶には花の蜜を足して、甘くした。
茶と蜂蜜に、殺菌効果があると思い出したからだ。
こちらの世界でも同じかは分からないが、試す価値はある。
それらの整え、ライラはブラムに手渡した。
本当なら、自らアテンに持って行きたかった。
しかしやはり、ブラムに叱られた。
ライラはがくりと落ち込みつつも、素直に引き下がった。
ブラムが入っていったアテンの部屋から、また、アテンの呻き声が聞こえた。
その呻き声を抑えるように、アテンの部屋の光が数度点滅した。
浄化の魔法道具から広がっている光だ。
清潔と、感染予防のため、ライラは湯水のように魔法道具を使いつづけていた。
「……この病気にも、浄化が効けばいいけど」
ライラは力なく声をこぼす。
その声を拾うように、ライラの肩でペノの耳が動いた。
「邪気祓い程度には効くよ? そもそも浄化の魔法は普通の魔物にも効果があるんだからね」
「じゃあ、たくさん買って一度にドドンと使ったら治るでしょうか??」
「人体への悪影響を考慮しなければ、病気だけは早く治るんじゃない? 治ったあと衰弱するかもしれないけど」
「浄化の魔法って、身体に良くないのですか……」
「何事もやりすぎは良くないってこと。トゾの森の魔物除けの話しを覚えてる? 作用と副作用をちゃあんと考えないと、思わぬものを刈り取ることになるってわけ!」
そう答えたペノが、ライラの肩の上でとんと跳ねた。
たしかにと、ライラは以前にトゾを通過した時のことを思い出した。
トゾの森での魔物除けは、魔物だけでなく普通の獣までも追い払っていた。
被害はそれだけに留まらず、人体にも影響が出たようであった。
「同じ轍を踏んじゃダメだよ」と、ペノが耳を揺らした。
「……焦っても良くないということですね」
「そういうこと!」
「ちゃんと……身体の中の悪い菌の、穢れの魔物細菌の殺菌には……効きます、よね?」
「徐々にはね? 何度も言うけど、即効性を求めたらダメだよ。身体に良い菌も死ぬからね」
「なるほど……」
「それにしても、いやあ、ライラにしては賢そうな言葉を使ってるよねえ」
「うるさいなあ、もう」
「かちこいねえ」
ペノが大きく頷き、両耳をさらに揺らした。
ぺしぺしと頬にあたる長い耳。
本当に鬱陶しい。
しかし珍しく協力的なペノに、ライラはぐっと我慢する他なかった。