経口補水
風が流れる。
耳元を通りすぎて、囁く。
念押すように、幾度も。
誰が呼んだのだろうと、ライラは振り返った。
庭園の先に、ライラの邸宅で雇っている使用人の姿が見えた。
使用人は、なにかを訴えるように、誰かを呼んでいた。
しかし他の使用人たちが彼女に気付く様子はない。
ライラは仕方なく、呼んでいる使用人のところへ向かった。
「ランファ様、お荷物が届いたのですが……」
困り顔の使用人が、申し訳なさそうにして言った。
使用人の目線の先、門の傍には、大荷物が置かれていた。
どうやら配送業者が面倒臭がって、邸宅の中まで運び込まなかったらしい。
「申し訳ありません。中へ運ぶように伝えたのですが」
「仕方がありません。流行り病を気にして中へは運び込まなかったのでしょう。……私も運びますから、手伝ってくれますか?」
「ランファ様に運んでもらうなんて、滅相もありません」
「平気です。というより、私が運ぼうとしたらすぐに駆けつけてくる人がいますからね」
そう言ってライラは小さく笑う。
間を置いて、邸宅からこちらへブラムが駆けてきた。
その姿を見て、ライラと使用人は顔を見合わせ、もう一度笑った。
「俺が運ぶから、あっちへ行ってろ」
大荷物を軽々と持ち上げたブラム。
ライラと使用人を追い払いように手を振った。
ライラはブラムに礼を言い、彼と共に邸宅へ歩いた。
「この箱の中身はなんだ??」
木箱を肩に担ぎながら、ブラムが顔を歪ませた。
どうやら、やや重いらしい。
「砂糖と塩です」
「……ああ?? こんなにいらねえだろ??」
「いるんです。アテンと、街の人に使うのですから」
「菓子でも作るってのか」
「もう少し健康的なものです」
ライラはそう言って、ブラムが担ぐ木箱をとんと叩いた。
重い木箱が、がくりと揺れる。
慌てて箱を持ち直したブラムが、ライラを睨みつけた。
ライラは小さく笑い、先に邸宅へ駆けて行った。
邸宅へ入ると、グナイと使用人たちがライラを出迎えた。
というより、先ほど届いた木箱を出迎えたというべきか。
「ライラ様、こちらはどう使うので?」
ブラムが邸宅へ運び入れた木箱を見て、グナイが首を傾げた。
グナイも、大量の砂糖と塩をどうやって使うのか、見当がつかないらしい。
「水分補給に使うんです」
「砂糖と……塩で?」
「花の蜜も、少し足しましょう」
「どうしてですかい?」
グナイが再び首を傾げた。
やはり知らないことなのだと、ライラは心の内で納得した。
ライラが用意しようと考えているものは、経口補水液であった。
水をそのまま飲むより、砂糖と塩をほんの少し混ぜたほうが水の吸収率が良いのだ。
とはいえ、それがなぜかと問われると、ライラも分からなかった。
ライラの知識は前の世界の一般人レベルである。
博識というわけではないため、突っ込んだ質問されると困ってしまう。
「とにかく、これは大事なことなの」
「別に疑ったりしてませんとも。ライラ様の言う通りにしますので」
「助かります」
「他には何か必要ですかい?」
木箱の中を覗いていたグナイが、ライラに視線を送った。
今なら何でも言うことを聞きそうな、少し弱った瞳。
ライラはかすかに目を細め、グナイの手を握った。
「……大丈夫です、グナイ。あとはアテンの傍にいてあげて」
「もちろん、そうしましょう」
「あとでお水を持って行きます。グナイは、アテンの部屋が寒くならないようにしてね」
「もちろんです」
頷いたグナイが、アテンの部屋へ戻っていった。
グナイの手でアテンの部屋の扉が開かれると、呻き声が漏れて聞こえた。