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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十三章 病の街
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這い寄る、いつか来る未来の


早朝。

慌ただしい物音で、ライラは目を覚ました。

同時にペノも目を覚ましたのか。

ライラの傍で大あくびをした。



「……どうかしたの?」



自室を出てすぐ、ライラはブラムに尋ねた。

するとブラムが苦い顔を見せた。



「……アテンが流行り病にかかっちまった」


「…………うそ?」


「本当だ。今、グナイが看病してる。だから朝飯は無えぞ」


「ご飯なんてどうでもいい! 私もアテンのところに行きます!」



ライラは血相を変え、駆けだした。

しかしすぐに、ブラムの大きな腕がライラの細腕を掴んだ。



「ダメに決まってんだろうが」


「どうして??」


「穢れがお前に触るかもしれねえだろう」


「穢れって……それを言うなら、私は診療所も行ったのですよ? 今更です」


「ああ?? 診療所とこの家の穢れは別だろうが。家に入りこんだ穢れってのは、家人を呪うために入ってきてんだからよ」



ブラムが妙な理論を振りかざし、ライラを止めた。

ライラは首を傾げ、驚いた。

ひどく時代遅れな考え方に聞こえるのに、妙な説得力を含んでいる気がしたからだ。


ライラが戸惑っていると、すぐ後ろで小さなあくびが聞こえた。

振り返ると、遅れて部屋を出てきたペノの姿があった。

ライラとブラムの会話を聞いていたのか。

眠そうな表情を浮かべながらも、どこか楽しげに見えた。



「……ペノ。なにか言いたそうですね」


「ふぁあ、あ。……うん? 別にい?」


「……ペノ。ブラムの言っていることって、どういう意味ですか?」


「んー? なにが?」


「聞いてたでしょう? ブラムが言った、穢れやらの呪いのことです」


「……んー? ああ、はは。うん、まあ、それはね。時代遅れに聞こえただろうけど、半分本当だよ?」


「……だから、どういう意味なのですか??」



ライラは苛立って、ペノへ詰め寄った。

するとペノは臆することなく、とんと跳ねて、ライラの肩の上へ乗った。



「んー、っふふ、ふふ、まあ、怒らないでよ。ねえ、ライラってば。前に言ったじゃない?」


「何をです?」


「ここはライラが以前いた世界とは違うでしょ? ライラの知らない常識もあるんだって」


「……それが、穢れとか呪い? ですか?」



ライラは以前の会話を思い出し、はっとした。

とすれば、穢れや呪いはこの世界において本物の常識ということか。

ライラが知る、菌やウイルス以外の、なにかがあるということか。

いや、しかし、ペノは半分が本当だと言っていた。

とすれば、誤りのある常識が混ぜ合わさっているのだろうか?


ライラが戸惑っていると、ペノが小さく頷いた。



「うん、まあ、そうだねえ」


「……どこまでが、半分本当なのですか?」


「んー、分かりやすく教えたほうがいい?」


「できれば、そうしてください」


「ふふ、よーし、分かった。つまりね、この世界でいう穢れの病っていうのはね、実際のところはただの穢れじゃないんだ」



ペノが愉快そうに言う。

ライラは首を傾げた。

傍にいたブラムも知らない話であったらしく、怪訝な表情を見せた。



「つまり……?」


「穢れの病の原因であるいくつかの細菌にはね、魔力があるってわけ」



ペノがさらりと、当然でしょと言わんばかりに答えた。

とはいえ、ライラは思考が追い付かない。


細菌に、魔力?

それって、つまり――



「……つまり、それって……魔物っていうことですか?」


「まあ、つまり、そう」



ペノが答えながら、小さくあくびをした。


ペノが言うには、この世界の一部の細菌は魔物なのだという。

元々知力のない細菌だが、魔力を得ることで小さくも確かな意志を持つというのだ。

その意志により、細菌の魔物は感染者に近しい存在を先に殺していく。

家人を滅ぼし尽くしたら、次の家を襲っていく。



「じゃあ、診療所で働いている人は……家族じゃないから感染しにくいということですか?」


「そういうこと! だけど次の感染の候補にはなるかもしれないね」


「……それなら、アテンは……」


「運が悪かったねえ。次はグナイが狙われるよ。運が悪ければ、先にブラムか、ライラかな?」


「そんな……」



ライラは力なく声を落とした。

こぼれた声に熱を奪われたかのように、全身がぞくりと冷えた。

元気だったアテンと、老人の様に衰弱した患者たちの姿が交互に脳裏をよぎる。



(……アテンが? グナイも…………ブラム、・……ブラムも?? ……そんな)



最悪まで想像して、ライラは唇を強く結んだ。

その想像が、はるか先に訪れるであろう未来の想像まで呼び起こした。

ライラは不老なのだ。

いつかは必ず、皆と別れる時が来る。

その恐れは、ライラの胸の奥底で常に潜んでいた。



(……そのいつかが、今……来るの……?)



奥底から浮かびあがろうとする、恐れ。

ライラの全身はさらに冷え、手指の先が細かく震えだした。


直後。

ブラムの大きな手が、とんとライラの頭の上に乗った。

分厚く、重い手。

その手の熱。

ライラが失った熱をじわりと補った。


ライラはブラムの大きな手を見上げる。

大きな手と、太い腕の向こうに、ブラムの目が見えた。



「心配すんじゃねえ」



短く、どしりと、ブラムが言った。

瞬間。ライラは何の根拠もなく、ほっとした。



「……ブラム、私……どうすればいい?」



ライラは自らの頭に乗せられたブラムの手を取り、俯いた。

するとブラムがしゃがみ込み、下からライラの顔を覗き込んだ。



「やろうと思ったことをやりゃあいい」


「……でも、上手くいくかは」


「そんなもん、俺にも分からねえ」


「……それじゃあ」


「だが、やらねえとアテンは死ぬかもしれねえ。グナイもな」



そう言ったブラムが、廊下の先へ視線を送った。

視線の先には、アテンとグナイの部屋があった。

かすかに、アテンの呻き声が聞こえてくる。

その声に、ライラの頬が歪んだ。



「大丈夫だ、ライラ」



顔を歪めているライラに、ブラムの声が触れた。

ブラムの目が、再びライラを覗いていた。

ライラははっとして、視線を合わせる。

大丈夫の根拠などないのに、やはりほっとするなと、ライラは不思議に思った。



「俺たちはまだ、お前を置いてはいかねえよ」


「……そ、そんなこと思ってなんか」


「っは。そうかよ。じゃあ、しっかりしやがれ。こんな病気、とっとと片を付けてやろうじゃねえか。なんだかよく分かんねえが、そう考えてんだろ、馬鹿ライラ」


「……そ、そうだけど……ば、馬鹿って言わないでったら……!」



ライラはブラムの両頬を摘まみ、捻る。

頬を捻られたブラムが、片眉を上げ、かすかに笑った。


ようやく、ぎこちなくじゃれ合うふたり。

その後ろで、ペノが小さく耳を振った。

笑うでもない。

呆れるでもない。



「さて、そろそろ頃合いかな」



ぽつりと、ペノがこぼした。

ふたりには聞こえない、冷たい声だった。


遠くで、鐘の音がひびいた。

重い音が、じわりと街の底へ沈む。

まるで自らの音まで飲み込むように、深く。

「病の街」の章は、これで終わりとなります。


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