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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十三章 病の街
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異なる常識


「なんでだよ?」



何を言っているのか分からないとばかりに、ブラムが言った。

その言葉と態度に、ライラは驚いた。



「……え? なんでって……清潔にした方が病気も早く治るじゃないですか?」


「……ああ?? 身綺麗にしたら穢れの病が治るのかよ?? ……ああ、もしかして邪気祓いのことを言ってんのか??」


「……えええ、全然違いますが??」



ライラはさらに驚き、困惑した。

清潔にする意味が、それほどに理解されていないのかと。

それだけではない。

三百年以上この世界にいて、それほどに邪気祓いが一般的なことだとライラは知らなかったのだ。



「……はっは」



不意に、ライラの肩に乗っているペノが笑った。

先ほどまで近くにいた使用人が遠ざかると、その笑い声は大きくなっていった。



「あっははー! ライラってば、前に言ったじゃない?」


「……何をです?」


「この世界の人は、菌とかウイルスっていう知識なんか無いんだって。毒とか蟲くらいしか知らないんだって言ったじゃない??」



ペノが愉快そうに笑い、ブラムを指差した。

指差されたブラムが、ぎろりとペノを睨む。

しかしその反応すらもペノは面白かったらしい。

さらに高笑いし、ブラムを揶揄った。



「怪我とかの傷はね、綺麗にするって考えがあるんだ。目に見えて違いがあるからね?」


「それは……そうでしょうね」


「でも病気となると違うわけ。身体の冷えや熱というのは、穢れが溜まって内気が淀んでいるって感じで考えられているんだ」


「じゃあ、綺麗にしたほうがいいのでは……?」


「それはちょっと違うんだ。エルオーランドではね、穢れに濃度があると考えられているんだよ。それでね、地域によって多少差はあるんだけどね、軽い穢れの病気なら、安静にして薬を飲んで自力で穢れを追い出して治すんだけど、穢れの強い患者は自力で穢れを排除できないってされてるの」


「だから、尚更洗ったほうがいいのでは??」


「ううーん、よく分かってないみたいだけど、つまりね、穢れっていうのはね、人の力で洗ったらダメなわけ」


「え、えええ……?」


「安静にして穢れを追い出せないなら、川や海で汚れを落としたり、泥を塗ったり、全裸で雨に打たれたりとかした後、焚火の前で全身を温めつづけるとか――、とにかく人の手ではない、自然とか、神様とかの力を借りて穢れを排除しようって考えがあるわけなの」


「修行みたいですね……病人なのに」


「まあ最近はそこまで苛酷な治療をする人はいないけどね。浄化の魔法道具を使うとか、火の前で身体を温めて、寝て、温めて、寝てを繰り返す治療が多いらしいね」



ペノが揶揄うように話しつづける。

馬鹿馬鹿しいと、ペノ自身も思っているようだった。



「……じゃあ、あの、軽い病気なら洗っても良いのですよね?」


「ううん」


「な、なんで??」


「ほら。病気の時にお風呂入ったり、水で身体拭いたりしたら、さらに具合悪くなる人いるでしょ?」


「そ、それはそういうときもあるっていうか。少し話が違うのでは……」


「はは。まあ、そうなんだけどね? とりあえずね? ライラが知っている、免疫力がどうとか、細菌がどうとか。そこまでの知識はないってわけ!」


「えええ……じゃあ、どうすれば」


「ううーん、まあ、でも出来ることはいくつかあるよ?」



そう言ってペノが、いくつかの提案をしてくれた。

ひとつは、川の水や雨水を煮沸し、その湯を使って洗うのではなく、軽く汚れを落とすこと。

もうひとつは、患者周辺の清掃だった。


正直、ひとつ目は面倒だとライラは思った。

もしライラの身近な人で病気にかかったら、どうするか。

最初だけ人目を気にして慣習にならい、そのうち人の目を盗んで湯で洗ってしまおうか。

病気が治ればいいのだ。治れば文句は言わせない。


ペノが楽しそうにアレコレと話しつづけている。

全然楽しい状況ではないのだが。

しかしライラは、心の内でほっとした。

自分にも何かできることがありそうな気がした。

もちろん、お金の力を使ってのことであるが。


その考えに気付いてか。

ペノが水を差すようにして長い両耳を振った。



「だけどまあ、当然のことなんだけどね。ライラが知っている常識もあれば、ライラの知らない常識もあるってことは分かっておいたほうがいいよ? ここは別の世界なんだからね」



ペノが耳を振りながら含み笑いをして言った。

たしかにその通りだと、ライラは目を細めた。

いかに未発達の世界とはいえ、ここはライラが元いた世界ではない。

以前の世界の知識が、この世界でそのまますべて当てはまるはずがないのだ。



「……それはまあ、そういうこともあるでしょうけど……なんで楽しそうなの??」


「別にい?」


「……こんなことになる前に、もっと細かく教えてくれたらいいのに」


「細かく聞かれなかったからね!」



けらけらと笑うペノが、さらに激しく両耳を揺らした。

ライラは苛立って、ペノの両耳を摘まみ上げた。

そうしてそのままブラムに手渡す。


ペノを受け取ったブラムが、小さな身体を鷲掴んだ。

その圧が強かったのか。

ペノの小さな悲鳴が、ブラムの大きな手の内からこぼれて落ちるのだった。

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