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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十三章 病の街
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老人病


患者の姿は、たしかに老人であった。

皴だらけで、乾燥した肌。

その皴の奥の虚ろな目で、傍へ寄ったライラたちを見ていた。



「彼の年齢は、三十代半ばです」


「……まさか」


「……身体から水が失われていくのです」


「なるほど……」



ブラムとライラは老人のような男の周囲を見た。

男の寝台もまた、便と嘔吐物で汚れきっていた。

毎日新しいシーツに変えているが、間に合わないのだという。

それほどに下痢を繰り返すなら、身体が乾いてもおかしくはないだろう。



「水を飲んでも……間に合わないか?」


「間に合いません」



そう答えた女性の所員が、深く頭を下げた。

もう質問に答える時間はないということか。

ブラムが感謝の言葉を伝えると、所員は足早に別の患者の元へ駆けていった。


その後は、様子を見ていた診療所の所長がブラムを案内してくれた。

診療所の奥には、重症の、老いたような姿の患者たちが横たわっていた。

それらの患者たちは皆、ほとんど意識がないらしい。

もって明日までの命だと、所長が力なく言った。



「……分かりました」



ライラは小さく声をこぼした。

その声を拾うように、ブラムがライラに振り返った。



「お忙しい中、ありがとうございます」


「いいえ、お嬢さん。しかしもう、これきりにしてください」


「はい。今後、お手を煩わせることはしないようにいたします」



ライラは深く頭を下げた。

診療所を出る前、ライラは一度振り返って奥の部屋を見た。

老人のように変わり果てた患者たち。

そのうちのひとりが、吐いていた。

その姿を見て、ライラは唇を強く結んだ。


ぞくりと、全身が冷える。

胸の奥底に潜めていたひとつの恐れが、揺れて動いた。

ライラは咄嗟に頭を横に振り、揺れ動いた恐れに蓋をした。

そうしてすぐさま馬車へ乗り込んだ。


馬車を走らせてしばらく、ライラは言葉を発しなかった。

ブラムもじっと、静かにしていた。

ふたりに気を遣ってか、ペノまでも静かにしていた。

ガラガラと馬車の駆る音だけが、虚しくひびく。

無力感が車内に満ち、息ひとつ吸うのも苦しく思えた。



「……ま、良い方法なんざ簡単に思い付けやしねえよな」



邸宅に着き、馬車を降りてからブラムが言った。

ライラを励ますつもりなのか、あえて表情を明るくしてくれている。

それに応えて、ライラも少しだけ笑ってみせた。



「……私、お医者さんではないですからね」


「ああ、仕方ねえな」


「お金をかければ、少しは良くなるかもしれませんが」


「へえ。少しは出来ることがあるのかよ」


「少しは、ですよ」



ライラは小さく頷き、邸宅の庭園に向かって歩いた。

庭園はさほど大きくなかったが、丁寧に整えられていた。

アテンとグナイ以外に、臨時で人を雇っているからだ。

その雇われの使用人が、庭園の井戸の傍にいた。

ライラは使用人に声をかけ、井戸の水を汲みあげさせた。



「ファロウは豊かな水があるでしょう?」



ライラは井戸水を手ですくってみせた。

「そうだな」とブラムが頷く。



「ロウカウ河だけでなく、地下水もあります。この水をもう少し診療所で使うべきだと思います」


「患者たちに水を飲ますってことかよ?」


「それもありますけど、それよりも先に大事なことが」


「ああ??」


「患者さんも診療所の所員さんも、所内も全部、もう少しだけ清潔にするべきです」



ライラは当然でしょとばかりに言った。

というのも、先ほどの診療所内が非常に汚れていたからだ。

忙しいのは分かるが、あれでは良くなるものも良くならない。

ところが妙なことに、ライラの言葉に対してブラムが怪訝な表情を見せた。

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