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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十三章 病の街
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歪なる世界


ファロウ中の診療所に寄付をして、数十日。

街に広がっていた病は、未だに鎮静化していなかった。

むしろ悪化していると言っていい。

死者も増えているようですと、アテンが教えてくれた。


死者を弔うためか。

ファロウの街の鐘の音が、いつもより多く鳴りひびいていた。

最初は心地よい鐘の音であったが、今では物悲しい。



「まさか、どこの診療所も、働き手を増やさないで自分の懐に入れたとか……?」



鐘の音に押され、ふとライラの胸に疑念がよぎった。

しかし、それ以上考えるのは止めた。

結局のところ、寄付の扱いを決めるのは診療所なのだ。

お金の使い方を指定したわけではないので、ライラにとやかく言う権利はない。

少なくとも、ライラを優先的に治療するという約束が破られなければ、手渡した金貨が泡と消えることはないだろう。それだけでも良しとするべきか。



「質の悪い病気みたいだねえ」



ベッドでゴロゴロと転がるペノが言った。

どうでもいいと言わんばかりだ。



「……ううーん、空気感染したりするでしょうか。私、家に閉じこもっていたほうがいいかな」


「お、この世界にはない言葉を使っちゃって。なんだか賢い子に見えちゃうね」


「……空気感染、のこと、ですか?」


「そうとも。この世界の医学はそんなに進んでないからね。毒や蟲の知識はあっても、菌やウイルスという知識はないんだ」



ペノが愉快そうに答えた。

何がそれほど楽しいのだと、ライラは眉根を寄せる。



「……そう、なんですね。じゃあ……どうやって治療を……?」


「それは地域によって違うよねえ? ただ邪気祓いするだけって地域もあるし?」


「……そこまでレベルが低いってことはないんじゃないですか?」


「いや、はっは。邪気祓いそのものはレベルが低いわけじゃないんだけどね。……まあ、それはともかく。全体的に知識が浅いのは間違いないねえ。この世界は実に歪なんだ。なんたって一度滅んでいるからねえ」



ペノがとんと起き上がり、長い両耳を立てた。

いつもの、ふざけっぱなしのペノとは少し違う。

神妙な空気を纏っている気がした。


世界が一度滅んでいるというのは、ライラも知っていた。

最近も、ブラムに教えてもらったことがある。


祝福された大地エルオーランドを滅ぼしたのは、「大災の魔獣」と呼ばれている。

魔物よりも強大な魔獣。

その魔獣よりも遥かに強いのが、大災の魔獣だ。

大災の魔獣は、たった一日暴れまわっただけで、エルオーランドの半分を灰にしたという。

その灰となった地域というのが、エルオーランド南部のゼセド地方だ。

ゼセド地方は今も、草ひとつ生えない広大な砂漠に蝕まれている。



「滅んでいるから、歪なのですか?」



ライラは首を傾げた。

するとペノの両耳がわずかに倒れた。



「大部分が最初からやり直しているのに、滅ぶ前の知識や技術が半端に残っているからね。浅い知識と深すぎる知識が混ざって、歪を生じさせてるってわけ」


「……そう言われてみると、そういうこともある……かも?」


「たとえば、今ライラのお尻の下にあるベッドのシーツもそう。その滑らかな布は、ごく一部の地域でしか作られてないんだ。過去の技術を、その地域だけで受け継いでるってわけ。他の地域では粗い布地が一般的だったりするでしょ」


「たしかに薄手の滑らかな布は、他のに比べて特別高いし、あまり流通していないですね」


「ライラはお金が湯水のように出せるから気にしてないかもしれないけど、そういう歪な商品が身近に溢れているんだよ?」


「だって、そんなこと教えてもらってないですし」


「ボクも聞かれてないし」


「面倒臭がりすぎじゃないですか?」


「ライラもね??」



ペノが呆れ顔を見せる。

不毛な言い争いになりそうだったので、ライラはそれ以上何も言わなかった。


ペノが言うには、ウォーレン地方の医学も歪であるらしかった。

薬を作る技術は残っているが、何故効果があるか分からず作っている薬もあるという。

ならば効果が曖昧そうな邪気祓いが、薬と同等と考えられていても仕方がないのかもと、ライラは思った。



「それじゃあ、薬で治るかもしれない病気を邪気祓いでなんとかしようとしていることもあるかも、ということです?」


「んー? まあねえ。でも、さっきも言ったけど邪気祓いはレベルの低い話じゃないよ? 無駄ってわけじゃないからね? 問題なのは、無意味な邪気祓いや、無意味な治療をしている可能性があるってことだねえ」


「……それって、教えたほうがいいのではないですか?」


「どうやって?」


「どうやって……って」



ライラは言葉に詰まった。

確かにそうだと、ライラは顔をしかめた。


ライラはお金を持っているだけの、普通の人間なのだ。

医者ではないから、医療に従事している者を説得する言葉などない。

たとえ元の世界の知識を持ち出したところで、大した効果はないだろう。

かえって訝しがられ、最悪は街を追い出されるかもしれない。

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