意地の悪い寄付
奥の部屋にいた所長もまた、疲れきった顔をしていた。
押し寄せてくる患者のために、寝る間も惜しんでいるのだろう。
突然現れたライラを見ても、微かに眉を動かしただけであった。
「お願いがあってきました」
ライラは深々と頭を下げた。
疲れた顔をしている所長が、釣られて頭を下げ返した。
「通院の予約を取りたいのです」
「……なんだって?」
所長が怪訝な顔でライラを睨んだ。
当然だ。
患者が溢れかえっているのに、通院の予約を取ろうなどと。
怒鳴って断られても仕方がない。
「きみは診療所の中を見てないのかい?」
「見ました」
「じゃあ、予約なんて無理だと分かるだろう?」
「無理を承知でお願いしています」
「はは。そうかい。それなら五人ほど所員を雇えるくらいの金でも払ってもらおうかな。今すぐにだ」
「それで構いませんよ」
「……あ、ああ?? 冗談だろ??」
「構いません。そのほかに必要な物があれば、その分の代金も払います。それでいかがですか?」
ライラは矢継ぎ早に言った。
所長に考える間を与えないほうが、無茶を通せる気がしたからだ。
事実、疲れ切っていた所長は突然の提案を聞くことで、混乱した様子を見せていた。
しばらくして、所長はライラの提案を受けた。
倫理観よりも、今すぐ所員を増やして楽になりたいと考えたのだ。
そうすることで結果的に、患者をよりしっかりと看れることにもなる。
「私が病気にならなくても、このお金を返せとは言いません」
ライラは二十枚の金貨を手渡して言った。
所長が目を丸くして、ライラの目を覗く。
「……は、はは、回りくどい寄付ですかね。これは」
「そうではありませんよ。もしものときは、必ず私の治療を優先してもらいますから」
「はは。そうするようにしましょう」
所長が苦笑いして頷く。
どうやら資金繰りに苦慮していたらしい。
面倒事と分かっていても、所長の視線が金貨から離れることはなかった。
ライラが別れの挨拶をしても、所長の複雑そうな表情は崩れなかった。
診療所を出ると、所長と同じくらい複雑そうな表情をしたブラムが待っていた。
奥の部屋で何をしていたのかと訝しみ、睨んでくる。
だからこそ連れて行かなかったのだと、ライラは思った。
寄付するためとはいえ、倫理的に良くない要求をした知れば、ブラムは怒るだろう。
金を返してもらえと診療所に飛び込んでいくかもしれない。
「そんなに睨まなくても、ちゃんと寄付してきましたよ」
「お前のことだから、頭の良いやり方じゃねえだろ。どんな汚え言い方してきたんだ??」
「人聞き悪いなあ。……さあ、次の診療所に行きますよ」
「……ああ?? まだ行くのかよ??」
「やるなら徹底的に、です。万が一の、私の健康のためにも」
「ああ?? お前の健康だあ?? どういうこった??」
ブラムが首を傾げ、ライラと診療所を交互に見る。
しかしライラは手の内を明かさず、さっさと次の診療所に向けて歩きだした。
ライラの肩に乗っていたペノだけが、意地悪く笑っていた。