病の街
ファロウに移り住んで、十日。
街に入った直後の印象と変わらず、街に活気は見られなかった。
不景気なのだろうか。
外国人が少ないのを見て、ライラはそう思った。
ファロウの街は交易による利益で支えられている。
外国人が少ないということは、外海からの船が少ないということだ。
とすれば、交易も滞っていることだろう。
「入国を制限しているらしいぜ」
道行くファロウの女性に手を振るブラムが、低い声で言った。
どうやらその女性から、情報を得たらしい。
外見だけは美男のブラムがよく使う手口だ。
「……わざわざ儲けを減らしているの?」
「どうやら流行り病らしい」
「外国人が?」
「違えよ。ファロウの住民がだ」
そう答えたブラムが、道行く人々に視線を向けた。
釣られてライラも視線を向けたが、病人が多いようには見えなかった
「それはそうでしょ」と、ライラの思いを読むように、ペノが笑った。
病人が出歩いているはずがない。
ライラが元いた世界のように、感染予防のためにマスクをしていることもないのだ。
「どんな病気なのか、街の人に聞きました?」
「いや、聞いてねえよ」
「気にならないの??」
「ならねえ。病気なんざ、鍛えておけばかかったりしねえからな」
「……丈夫なようで何よりですね」
ライラはため息を吐く。
仕方なしと、ライラは道行く人に流行り病のことを尋ねた。
それは病人のことが心配だからというわけではない。
滞在する街で快適に過ごすために、必要な情報だと思ったからだ。
ファロウに広がりつつある、流行り病。
それは食中りのような症状であった。
主に下痢や嘔吐を繰り返すのだという。
そのうちに衰弱し、亡くなる者もいるらしかった。
「街のみんなで……悪いものでも食べたのですかね」
ライラは単純にそう思った。
病気のことなど、ライラは大した知識を持ち合わせてはいないからだ。
しかし、それだけではなかった。
大した知識のないライラから見ても、この世界の人々は、衛生面において関心が低かった。
集団で食中毒を起こしたとしても、何ら不思議なことではないほどなのだ。
「ま、穢れの病がちっとばかし広がっちまったのかもな」
「穢れの病?」
「面倒な風邪ってやつだ。ま、そのうちその手の奴が来て、さっと治して、さっと収まんだろ」
ブラムもライラに同意した。
ブラムの場合、そもそも病気そのものにさほど関心がない。
街の住民が弱っていようと、大したことではないと思っている。
ライラが風邪を引いた時は、多少気にしてくれるのだが。
「とりあえず、診療所に寄付でもしておきましょうか」
「どうやって寄付すんだよ。寄付なんかでお前の力は使えねえだろうが」
「条件さえ作れたら……出来なくもないのですよ」
ライラはそう言って、近所の診療所に向かった。
そこは小さな診療所であったが、多くの患者が入っていた。
患者たちは皆顔面蒼白で、明らかに衰弱していた。
その患者を診る診療所の所員も、疲れた顔をしていた。
ライラは所員に話しかけ、所長と話しをさせてくれないかと頼み込んだ。
所員は訝しんだが、ライラの身なりを見て奥の部屋へ案内してくれた。
「ブラムはそこで待っていて」
付いてこようとするブラム、ライラは手を振った。
ブラムが首を傾げる。
「聞かれたくねえことでもあんのかよ」
「ほんの少しね」
「そうかよ。じゃあ、仕方ねえな」
ブラムが苦い顔をして、ライラを追い払うように手を振った。
ライラは小さく頷き、所長がいるらしい奥の部屋へ入っていった。