表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十二章 呪いと祝福
166/211

良い未来


ホウリーの訓練を終えて、翌日。

ライラたちは旅立つことにした。

ぬかるんでいた道はしっかりと固まっていて、憂いはない。



「長い間お世話になってしまいました」



ライラは、ウィレンとチャウライに深く礼をした。

同時に、お金に困らない力で宿泊代を支払う。



「こちらこそです、ライラさん」



お金を受け取ったチャウライの傍らで、ウィレンが返礼した。

その隣に、ホウリーもいた。

ホウリーの瞳の奥には、もう光が宿っていなかった。

どこから見ても、普通の子供と同じだ。



「ホウリーも、またね」


「ありがとう、お姉ちゃん! ブラムの兄ちゃんも!」


「ああ。しっかりやれよ、ホウリー」


「もちろん!」


「あと、親の目を盗んで勝手に畑の野菜を食うんじゃねえぞ」


「あ、あ! 兄ちゃん!! それは、内緒なのに!!」



ブラムの言葉に、ホウリーが慌てる。

ウィレンとチャウライが驚きの顔を見せ、ホウリーの頭をとんと叩いた。


家馬車に乗りこむ間際。

ウィレンが小さな包みをライラに手渡した。

包みの中には焼き菓子が入っていた。

畑で取れた野菜を材料にしているという。



「私たちはしばらく、ここで暮らそうと思います」



ウィレンがそう言って、隣にいるチャウライの手を握った。

チャウライがウィレンの言葉に同意して、大きく頷いた。



「始めはどうであれ、ここでの生活は私たちの誇りですから」


「私から見ても、そう思います。ウィレンさん」


「ライラさんたちもお達者で。旅の先で、ライラさんたちの誇りがありますように」



そう言ったウィレンが、ライラの手を取る。

ライラはウィレンの手を握り、笑ってみせた。


果てなきライラの旅。

いつか安住の地を見つけられるのか。

それとも、旅そのものに誇れる時が来るのだろうか。

ライラはウィレンの手を握りながら、先の見えない未来を妄想してみた。



「きっと、私たちも良い未来を掴みます」



ライラはそう答え、家馬車に乗りこんだ。

つづいてブラムが馬車に乗り、家馬車が走りはじめた。


すっかり乾いた道。

巨大な家馬車が駆けると、砂埃が舞い上がる。

踊る砂塵が、遠ざかるチャウライの家を隠していった。



「さあ、せっかくいただいた焼き菓子を食べましょうか」



ライラは唇の端を持ちあげ、包みを開いた。

ふわりと広がる、甘い香り。

お茶を用意できないのが残念と思えるほど、美味しそうな菓子だ。

ライラは両手のひらをこすり合わせたあと、意気揚々と菓子をひとつ摘まみ取った。


直後。

ライラの手から、焼き菓子が消えた。



「え、ええ? なんで!?」



ライラは驚き、ブラムを睨んだ。

焼き菓子をライラの手から奪ったのは、ブラムであったからだ。



「どうして取り上げるのですか!?」


「どうして、じゃねえ」


「はい??」


「次の街へ着くまで、贅沢はしないっていう約束だろうが」


「え、で、でも」


「チャウライの家にいる間は大目に見ただけだ。だが、今は違う。馬車が走りはじめたからな」


「でも、ちょっとお腹空きましたし……一口だけでも」


「っは。そいつあ問題ねえよ。ちゃんとお前のためにスープを用意したからよ」


「え、本当??」



ライラはほっとして、ブラムを見上げた。

ブラムが焼き菓子の代わりに、小さな器をライラに手渡す。

器にはたしかに、スープが満たされていた。

しかし、すぐにライラは顔をしかめた。



「……ブラム。これ……苦いスープですよね」



スープから漂う独特な香り。

野草で作られた苦スープだ。

苦スープから広がる香りは、先ほどまで漂っていた焼き菓子の甘い香りを打ち消した。



「なあに、身体には良いからよ。問題ねえよ」


「チャウライさんの家で買った野菜を使ってくれたらいいのに」


「その食材は、あの家の庭で滞在している間に使いきっちまった」


「……うそ?」


「嘘言っても仕方ねえだろ。諦めろ」



そう言って、ブラムも苦スープを飲みはじめる。

口に含んだ瞬間、ブラムの顔に複数の皴が走った。

ブラムも美味いと思って作っているわけではないのだ。



「ねえ、ブラム」



ライラは拗ねるような表情を作ってみせた。

顔をしかめていたブラムが、ライラを見て目を細めた。



「私、普通の人間じゃないですか。賢くもないし、清廉でもないですよね?」


「普通かどうかってのはともかく……まあ、そうだな」


「ですから、ほら。普通の生活をしていたら、普通の幸せのことを考えてしまうのですよね」


「お前は単純だからな。そうかもしれねえな」


「……だから、その、ちょっと羽目を外して、ですね。気ままに贅沢に暮らしているほうが、余計な妄想をしなくても済むと思うのですよね」


「何が言いてえんだ、お前は」


「つまり、可哀そうな私にお菓子をください」


「ダメだ」



ブラムが即答した。

考えることもしてくれなかった。

ライラは頬を膨らませ、目を背ける。


背けた先の、馬車の窓。

舞う砂塵の向こうに、チャウライの家が覗いていた。

遠く離れたため、人の姿まではもう見えない。

しかし微かに、瞬くような光が見えた。



「あれって、ホウリーの光?」


「らしいな」



ブラムが頷く。

どうやらホウリーが魔力を制御して光を放ち、ライラたちを見送っているらしい。

ライラは頬を緩ませ、しばらくぼうっと、ホウリーの光を眺めた。



陽の下で瞬く、光。

手を振るように、やさしく揺れる。


この旅の先も、いつかは光が宿るだろうか。

ライラは光に願いをかけ、瞬きに向けて手を振るのだった。

「呪いと祝福」の章は、これで終わりとなります。


「面白いかも」「つづきが気になる」「もっとやれ」と思ってくださった方は、

下にある「☆☆☆☆☆」に評価を入れたり、

ブックマーク登録していただけたら嬉しいです。

励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ