ただの幸運
「……あ」
ライラは思わず声をこぼした。
ライラの目端に、ホウリーの異様な姿が映ったからだ。
ホウリーの目が、光っていた。
いや、目だけではない。
ホウリーの小さな身体までも、仄かに光っていた。
「……あー、えっと、その」
ライラは混乱した。
どう反応すればいいのか、正解が分からなかった。
事前にある程度ホウリーの力を知っていたことも、災いした。
変貌したホウリーに、驚く仕草すらできなかった。
とりあえず、驚くべきだろうか?
いや、ウィレンとチャウライはホウリーを隠していたわけだから、驚かないほうがいいか。
「ラ、ライラさん、こ、これは、その、ですね……」
「えーっと、あ、はい、見間違い、です」
「え、あ……え?」
「あ、いえ、気にしてない、です?」
「……え、え?」
チャウライが戸惑う。
ホウリーの傍へ駆け寄っていたウィレンも戸惑い、ライラのほうを見ていた。
「ラ、ライラさん、ホウリーは、その……」
ウィレンがホウリーを抱きしめ、顔をしかめる。
戸惑いと、恐れ。
様々な薄暗い感情を混ぜ、ライラに向かって発しているようだった。
ウィレンの感情の棘に、ライラはほんの少し上体を退いた。
どう答えれば良いのか。都合の良い言葉が思い付けずにいた。
心の内にはただ、「どうしよう」という思いだけがぐるぐると回りつづけた。
「どうしようもねえだろ」
戸惑うライラを見かねたブラムの声が、ライラに触れた。
ライラはその声で我に返り、ブラムへ顔を向けた。
「まあ、どうしようもねえ。面倒くせえから、俺たちのこともちったあ明かしちまえばいい」
「……どういうこと?」
「俺とお前も、『呪い持ち』ってことさ」
ブラムが片眉を上げた。
なるほどと、ライラはブラムの意図を汲み取った。
ライラたちもホウリー同様に、「呪い」を受けていると言えばいい。
魔族であるブラムなら、呪いを受けているふりなど容易いことだ。
ただ、出来損ないの魔法を見せるだけでいい。
呪いを受けた者と大差ないように見えるだろう。
「本当は、私ができればいいのですけど」
「お前はポンコツだからな。気にすんな」
俯くライラを、ブラムが微妙な言葉で励ました。
ライラは両肩をすくめ、「そうですね」と頷く。
悲しいことだが、ブラムの言葉に間違いはない。
何をどう頑張っても、ライラの魔法はお金しか出せないのだから。
「ウィレンさん。心配しないでください」
ライラはウィレンに向き直り、微笑んでみせた。
するとウィレンとチャウライが、訝しむような表情で首を傾げた。
「それって……どういう」
「私とブラムも、呪い持ちなんですよ」
「の、呪い、ま、まさか……」
「証拠を見せます。ですけど、このことは私たちだけの秘密です。いいですね?」
ライラはウィレンに一歩近づき、念押しした。
表情を硬くしたウィレン。
チャウライと顔を見合わせ、数瞬悩んだ。
しかしすぐに、ライラに向かって頷いてくれた。
「……お約束します。他言しません。ホウリーのためにも」
「もちろん、私たちもホウリーのことは誰にも言いませんよ」
ライラはウィレンに応えてから、ブラムに視線を向けた。
間を置いて、ブラムが両手を前に出した。
両手のひらから、小さな火が生みだされる。
その火は不安定に揺らめいていた。
強くなったり、消えそうなほど弱くなったり。
魔法と呼ぶには足りない、むらのある火であった。
「この力は、訓練すれば自らの意思で操れるのですよ」
「これを……自分の意志で、ですか??」
「ええ、もちろん。急に力が発動することも避けられるようになります」
「ほ、本当ですか!?」
ウィレンとチャウライが、食い気味でライラに迫った。
次いでブラムの傍へ行き、ブラムの手のひらの、魔法の火を見た。
「ホウリーも……操れるようになるのでしょうか」
チャウライがブラムが生み出す魔法の火を見つめ、声をこぼした。
ブラムが頷き、「問題ねえよ」とチャウライを励ました。
「訓練に五日はかかるが、それでもいいな?」
「たった五日で??」
「俺が教えるのは、魔力の調整だけだ。魔法を使うための訓練じゃねえ。魔法を使わせたいわけじゃねえだろ?」
「そ、それは、もちろん」
「なら五日で十分だ。いいな?」
「……ありがとう、ブラムさん」
チャウライが深々と頭を下げた。
チャウライに倣い、ウィレンもブラムに礼を言う。
間を置いて、ウィレンの視線がライラへ向いた。
ウィレンの目は、感謝というより不安の色に満ちていた。
(まあ、そうですよね)
不安になるのは理解できた。
呪いを受けている者など、滅多にいないからだ。
その滅多にいない呪い持ちが、こうして現れた。
そして我が子を助けてくれるという。
都合が良すぎないか。そう勘繰られても不思議ではない。
「ウィレンさん」
「は、はい」
「稀に過ぎる偶然かもしれませんけど、困ったことを共有して助け合うのはよくあることですし、気にしないでいただけると助かります」
「……そう、ですね」
「それでも不安を拭えないようでしたら、いつでも私たちを追い出してください。必ず、すぐに去りますから」
「そ、そんなことはしません! ……分かりました、ライラさん。今回のことはただの幸運と思うことにします」
ウィレンが顔をしかめたまま頷いた。
強引に自らを抑え、納得したのだろう。
そんなウィレンの手を、ライラはそっと掴んだ。
「また後で、お茶にしましょう」と誘うと、ウィレンの表情がほんの少し和らいだ。