泥を流す
翌朝。
ようやく雨が止んだ。
とはいえ長雨の影響で、道はひどくぬかるんでいた。
「全然無理そうです」
散歩に出かけたライラは、泥だらけの足をブラムに見せた。
「そうらしいな」とブラムが苦笑いし、ライラの足を洗ってくれた。
「どうします?」
「どうしようもねえな。チャウライが言うには、もう少し先に行けば石畳の道になるらしいがよ。そこまで行きつけねえだろうな」
「じゃあ、今日もお泊りですね」
ライラは仕方ないとばかりに首を横に振った。
しかし内心は、ほんの少し喜んでいた。
久々に美味しい料理を食べられているからだ。
正直、あと十日は泊っていたいと思っていた。
「あまり長居すると、先行しているグナイたちを待たせることになるぞ」
ライラの考えを察したブラムが、釘を刺してきた。
はっとしたライラは、申し訳なさそうに俯く。
「……そうでした」
「まあ、今日と明日くらいは……堪能してもいいけどよ」
「やった!」
「やった! じゃねえよ、馬鹿ライラ」
「連日で馬鹿って言わないで!」
ライラは声をあげ、足を洗ってくれているブラムに思いきり水をかけた。
ずぶ濡れになったブラムが、苛立ちを隠さずライラを睨む。
そうしてしばらく、ライラとブラムは水をかけあった。
水だけでは飽き足らず、泥まで投げつけあった。
騒ぎに気付いたチャウライが庭に出てきた頃には、ふたりは全身泥だらけとなっていた。
「……大変申し訳ありません」
チャウライの家に入ってすぐ、ライラは土下座する勢いで謝罪した。
泥だらけのライラを見て、ウィレンが呆れた表情を見せた。
しかしすぐに、ライラのために湯を沸かしてくれた。
ライラから泥だらけの服を剥ぎ取り、身体から泥を洗い落とす手伝いもしてくれた。
「まったく、綺麗な顔と服が台無しですね」
ライラの背に湯を流し、ウィレンが溜息混じりに言う。
ライラは肩をすくませ、小さな身体をさらに小さく丸めた。
「……仰る通りです」
「でも……とっつきにくいお嬢様じゃないと分かって、ホッとしました」
「それなら……良かったです?」
「さあ。それはどうでしょうね?」
ウィレンが意地悪そうに笑う。
その笑顔に、ライラも心の内のどこかでほっとした。
身体を洗い終えたライラは、ウィレンに服を借り、チャウライの家の居間で休ませてもらった。
間を置いて、ブラムも居間に入ってきた。
ブラムはどうやら水で泥を洗い落としたらしい。
心なしか、ほんの少し寒そうに見えた。
「大丈夫? ブラム?」
「問題ねえ」
「唇、紫色だけど」
「元からこの色だ」
「そんなわけないでしょ、もう」
ライラはブラムの傍へ寄り、その大きな手を掴む。
少なくともライラより冷えている手。
震えるほどではないようだが、やはり身体を冷やしたのだ。
ライラはブラムの身体を温めようと、さらに身体を寄せた。
直後。
ふたりの後ろで、小さな音が鳴った。
「……お姉ちゃん?」
音の後に、声。
ホウリーであった。
ライラははっとして振り返る。
そうしてホウリーに声をかけようとした瞬間。
「ホウリー! 部屋にいないと!!」
チャウライが大声をあげた。
それは怒鳴り声ではなかった。
悲痛な叫び声のようであった。
ライラは驚き、チャウライのほうを見ようとする。
しかし、視線を動かす最中。ライラは違和感を覚えた。