家馬車でのお茶会
初めてのことだった。
家馬車に、客を招いたのは。
ライラはロジーに頼んで、座席室を品良く飾らせた。
魔法の力で一時的に座席の位置も移動させ、空間を広くした。
「給仕は俺にする? それとも御者君?」
「御者さんでお願いします」
「そんなあ! 俺だってたまには品良く紳士に活躍したいのに! まずはレディのためにドアを開けて元気よく『おはようございます! 先生!』、じゃないな? ごめん、間違えた。それは俺の趣味だったよ。本当はこうだ。『今夜は君と一緒にいたい』、そうだろ? 決まった! 完璧だ! それから華麗に座席へ誘って、こう言うんだ。『絨毯と俺、どっちを足蹴にする?』」
「そういうところです、ロジー。もう、すぐに宝石の中に入って」
ライラはロジーを睨みつけ、胸元の宝石を指差した。
その宝石はロジーを宿らせる特別なアクセサリであった。
ロジーが肩をすくめて宝石に一歩寄る。
宝石に戻らせる直前、ライラはロジーに金貨を手渡した。
するとロジーの表情が明るくなり、快く宝石へ飛び込んでくれた。
昼頃。
家馬車にウィレンが訪れてくれた。
パンと、パンにはさむ野菜まで持ってきてくれた。
ライラとウィレンは先にそれを食べ、その後に香茶を淹れた。
「とても素敵な部屋ですね」
ウィレンが褒めてくれたので、ライラは素直に喜んだ。
家馬車より部屋が素敵などと、ブラムたちは言いもしないし、思いもしないだろう。
お気に入りの寝室も見せたいと思ってしまったが、ぐっと我慢した。
自慢が過ぎると、きっと裏目に出るだろう。
ブラムにも怒られるかもしれない。
「ウィレンさんのお家も素敵です。お庭も畑も、とても綺麗で」
「そう言っていただけると嬉しいです。夫と頑張りましたからね」
「これだけ広い畑、大変ではないですか?」
「よく言われますが、大変ではありませんよ。好きでしていることなので。それに、夫も私も、疲れを知らないんです」
疲れないから、畑を管理しつづけられる。
自給自足が苦ではないから、生活に不満がないという。
しかし街から離れて生活することは不便ではないか。ライラはそう思った。
ところがウィレンが首を横に振った。
かえって煩わしいことから離れられたと、なにかを思い出すようにして笑った。
「息子も、ここでの生活を気に入ってくれています」
ウィレンが満足そうに言った。
初めて三人目の家族のことを教えてくれたので、ライラははっとした。
隠していたわけではないのだなと、内心ほっとする。
「息子さんとはまだお会いしていませんね。どこかに出掛けていらっしゃるのでしょうか」
「いいえ、家にいます」
「家に?」
「身体が弱いものですから、普段は部屋で休んでいるのですよ」
「そう、なのですね。であれば、悪いことをしました。こんなに長くお邪魔してしまって」
「そんなことはありません。昨夜はこの大きな馬車を窓越しに見て、はしゃいでいたのですよ」
ウィレンが笑顔を見せ、チャウライの家の方を向いた。
馬車の窓の外。チャウライの家の窓がいくつか見える。
そのうちのひとつの窓をウィレンが指差した。
その窓の部屋がウィレンたちの息子の部屋らしかった。
「具合が良ければ、顔を見せることも出来るのですが」
「……その時はぜひ」
ライラは笑顔を返して、頷いた。
心の内では、ウィレンの息子は重い病気なのだろうかと、思いを巡らせていた。
病気ならば、薬を買ってあげてもいいし、治療用の魔法道具を貸してもいい。
しかしそうしたいと申し出ていいのかどうか、ライラは迷った。
余計な気遣いだと機嫌を損なえば、ここに居辛くなってしまうからだ。
昨日からの雨は、まだ降りつづいている。
出発の目途が立たない今、小心者のライラは二の足を踏む他なかった。
ところが、ライラの思案など無駄だと嘲笑うように、ブラムの声が聞こえた。
声の方を見る。
チャウライの家から、ブラムが出てきていた。
ブラムにつづいて、チャウライも出てきた。
ブラムとチャウライは、しばらく木戸の傍にいた。
家馬車の方を見たり、半開きの木戸から家の中を覗いたりしていた。
するとしばらくの間を置いて、小さな子供が姿を見せた。