新鮮野菜は心も洗う
翌日の朝。
散歩は無しとなった。
昨日から雨が降りつづいていたからだ。
しかしだらだらと寝ることは許されなかった。
朝食の準備を終えたブラムが、いつも通りの時間にライラの寝室の戸を叩く。
「……お、起きてますからあ」
「雨だからって、寝ていられると思いやがったな?」
「そ、そんなこと」
「思ってやがったな?」
「……はい、思っていましたあ」
ライラは正直に頷き、寝室を出る。
着替えて来いとブラムに言われたが、断った。
ちゃんと起きたのだから、少しぐらいダラけてもいいではないか。
「ずいぶんよく眠っていたねえ」
前室である座席室に着くと、ペノがライラに向かって片耳を振った。
そうして、席に着くよう促す。
席の前には小さなテーブルが置かれていた。
いつもとは違う、色鮮やかな朝食も並べられていた。
「……すごく、美味しそう」
「良い野菜が買えたからな。足の早い野菜も、ここにいるうちは食えるってわけだ」
「なにそれ、最高じゃないですか」
「そうだな。感謝して食えよ」
「感謝します。いただきます」
ライラはブラムと料理に向かってお辞儀をした。
そうして一口、野菜のスープを飲む。
「……美味しい」
驚くほど美味。
昨日までの苦スープとはまるで違う。
食材が新鮮だからか、スープ以外も美味であった。
葉野菜までも甘いと思ったのは何年ぶりだろうか。
「ここで暮らしたら、私、太っちゃうかも」
「お前はちったあ太ったほうがいいな。枯れ枝みたいだからよ」
「……もう少し別の例えにしてくれませんか」
ライラは頬を膨らませる。
ブラムがにかりと笑い、自らも朝食の席に着いた。
食事の後。
ライラは馬車を降りて、チャウライの家を訪ねた。
木戸を叩いてしばらく待つと、ウィレンが顔を見せてくれた。
少し慌てた様子のウィレンであったが、野菜の礼を伝えるとにこやかな表情を見せてくれた。
「お礼に、お茶会にお誘いしたいのですが」
「まあ、お茶会に? そちらの大きな馬車の中でですか?」
「ええ、宜しければ」
恭しく招くような仕草を見せる。
ウィレンもまた恭しく礼を返した。
そうしたウィレンの姿は、気品に満ちていた。
高貴な家の生まれだと言われても納得するほどだった。
もしかすると、そうなのだろうか?
ライラは一瞬そう思ったが、ぐっと堪え、口には出さないようにした。
それからライラは、ブラムと共にお茶会の準備を整えた。
高価な香茶と菓子を用意したが、ブラムに咎められることはなかった。
いつものライラの贅沢と、今日のような礼儀は、別物と割り切ってくれた。
「ブラムも一緒にお茶しますか?」
「するわけねえだろ。女と男は楽しみ方が違うってんだ。俺はチャウライとちいとばかり酒を飲むとするぜ」
「……昼間から?」
「だから、ちいとばかりって言っただろ。俺はお前みたいに際限なく羽目を外したりしねえよ」
そう言ったブラムが、小さな甕を見せた。
甕の中には、ライラが知らぬ間に買った酒が入っているらしい。
「お前は飲まねえからいいだろ?」とブラムが笑った。
ライラは追い払うように手を振るのだった。