普通の生活
旅の間、ブラムが料理を用意することとなった。
それまでもブラムがだいたい作っていたが、いつもではない。
保存食を食べたり、ロジーが用意することもあった。
「ロジーが用意すると、お前が好きなもんばかりになるからな。ダメだ」
「ちょっとくらい――」
「ダメだ」
ブラムがすべて用意するということで、ライラは苦手な食材を避けられなくなった。
とはいえ、ライラは苦手なものがほとんどない。
強いて挙げるとすれば、脂身の強い肉や、苦みがひどい野草などだ。
それくらいなら誰でもそうだろう。だから避けてほしいとライラは願ったが、許されなかった。
食後のデザートも、禁止された。
それは好き嫌い云々の話ではなく、贅沢を抑えるためであった。
「……ブラムだって私と一緒に贅沢してるじゃないですか。美味しいデザート、好きでしょう?」
「お前と一緒にするんじゃねえ。お前の贅沢だけは右肩上がりなんだよ」
「そんなひどい?」
「ひどくなりつつあるってこった」
ブラムの指がライラの口元へ向く。
ライラは苦い顔をして、渋々頷いた。
たしかにここ百年を思い返してみれば、食費が上がっているかもしれない。
仕方なしと、ライラはブラムに従うことにした。
しかし朝になって。
ライラは従ったことを後悔した。
「……え、なん、で、起こすの……?」
ぐっすり眠っていたライラの寝室に、ブラムが入ってきていた。
寝惚けているライラを睨み、無慈悲に掛け布団を引き剥がす。
「馬車を走らせる前に散歩しろ。いいな?」
「……ま、毎朝?」
ライラは苦い顔を見せる。
しかしブラムがライラの不満を聞き入れることはなかった。
むしろ、「ペノと一緒に行ってこい」と言いだす始末であった。
「……じゃ、じゃあ、ペノ……行く……?」
「よーし、行こう!」
「……朝から……テンション高いなあ……」
ライラはがくりと肩を落とし、寝室からブラムを追いだす。
そうして着替えを済ませ、馬車を降りた。
馬車には、ロジーの魔法が今日もかけられていた。
靄のようなものが馬車をすっかり隠し、存在を曖昧にさせている。
靄の中に隠しきれない馬たちだけは、馬車から少し離れたところにいた。
御者の精霊も馬の傍にいて、面倒を見てくれていた。
御者がライラの姿を見つけると、小さく頭を下げてきた。
「御者さん、いつもありがとうございます」
「……畏れ多いことで」
「たまにはロジーに任せますから、休んでくれても良いのですよ」
「……それもまた、畏れ多いことで」
御者が頭を深く下げる。
御者の精霊にとって、大精霊であるロジーは雲の上の存在であるらしい。
自らの仕事をロジーに押し付けるなど、ありえないのだという。
しかしライラからすれば、どちらもすごい精霊という認識であった。
だから御者の精霊には敬意を払うし、偉そうにし過ぎているロジーに対しては時々叱りつける。
そうして平等に扱っているからか。ふたりの精霊もまたライラに敬意を払ってくれていた。
「とにかく無理はしないでくださいね。御者さんだって、疲れることはあるのですから」
「……御意」
御者が再び、頭を深く下げた。
ライラは小さく笑い、御者に礼をして別れた。
その後ライラは、久々の散歩を堪能した。
堪能しすぎて、両足が棒のようになった。
これほどに筋力が無くなっていたのかと、自らに少々呆れた。
「ま、こんなもんでしょ。三百歳のお婆ちゃんなんだから」
ペノが揶揄いの声をぶつけてくる。
ライラは苛立ったが、言い返す余力が残っていなかった。
馬車に戻ると、ライラは早々に着替えてベッドへ倒れ込んだ。
ただの散歩で、朝から疲労困憊。
ふわりと包み込んでくれるベッドが、ライラの意識を奪っていく。
寝室の外で、ブラムがなにやら言っていた。
どうせ大した用事ではないだろうと、ライラはそのまま目を瞑った。
「……それで、夕方まで寝たと」
ペノが呆れ顔を見せ、夕陽の見える窓を指差した。
燃えるような赤い陽の光。
一日の終わりを告げている。
「まあ、急には無理ということで」
「ライラだもんねえ」
仕方なしとペノが頷く。
ライラは心の端で苛立ったが、ぐっと我慢した。
ライラが起きたことに気付いたブラムも、寝室に顔を見せた。
小言を言われるだろうとライラは身構えた。
しかしブラムの表情は冴えず、やや申し訳なさそうにしていた。
どうやら無理をさせ過ぎたと思ったらしい。
「まあ……ライラだもんな」
「ふたりして、どうして同じこと言うの……?」
「特に深い意味はねえよ。ま、とりあえず、ちっとは疲れに効く飯を用意してやらあ」
「ありがとう、ブラム」
「その代わり明日も朝起きろよ」
「……鬼すぎる」
ライラはがくりと頭を垂れる。
それを見て、ペノとブラムが小さく笑った。