たるんでる
翌日。
陽が高くなってから、ライラは目を覚ました。
寝間着のまま寝室を出る。
すると後室の倉庫に向かおうとしていたブラムと鉢合わせた。
「おはようございます、ブラム」
「もう昼だぞ、馬鹿ライラ」
「馬鹿って言わないでったらあ」
寝惚けた頭を揺らし、ライラはブラムの背を叩く。
面倒に感じたらしいブラムが、ライラの手を払い除けた。
そうしてライラに、前室の座席へ行くよう促す。
ライラは寝惚け眼をこすりつつ、ふらふらと廊下を進んだ。
「……何か用なの」
すとんと椅子に腰かける。
すでに起きていたらしいペノが、ライラの肩の上に乗った。
「ブラムが話があるってさ」
「……えええ、なに、お説教ですか」
「よく分かったねえ」
「……朝から面倒臭いですう」
「昼なんだけどねえ」
ペノが愉快そうに笑う。
ライラはむっとして、ペノの小さな頭を手のひらで押さえつけた。
それを見ていたブラムが、ライラの頭を手で押さえつける。
ブラムの大きな手。
ライラの細首をぐいぐいと曲げた。
「……痛いのですが」
「鍛えてねえからだ」
「ブラムみたいな太い首になりたくないのです。……ところで、話って、なんですか?」
ライラはブラムの大きな手を払い除け、首を傾げた。
傾げた首がやや痛い。
清々しいはずの朝が台無しだ。
いや、昼であったか。
「……ライラ」
「……はい」
「最近のお前は、たるんでる」
「……はい?」
たるんでるって、何が?
お腹のことだろうか?
そう思って、ライラは自らの腹に手を当てた。
問題ない。むしろ痩せているほうだ。
「お前のそのみすぼらしい腹のことじゃねえ」
「……この話が終わったら殴りますからね。ペノも」
「なんでボクまで!?」
「こっそり笑ったでしょう。絶対許しませんから」
ライラの声に圧され、ペノの両耳が垂れる。
ブラムも気圧されたが、気を取り直してライラを見据えた。
「ライラ。最近のお前は生活習慣が悪い」
「そうでしょうか?」
「朝は起きねえし、最低限の運動だった散歩すらしねえ。飯は好きなもんばっか喰って、嫌いなもんは残しやがる」
「……別に良いじゃないですか」
「しかも毎食後、ロジーに頼んでデザートを買って来させてやがるな?」
「……気付いてた?」
「気付くに決まってんじゃねえか、馬鹿が」
ブラムがライラの額を指で打つ。
手加減してくれたのだろうが、思いのほか痛く、ライラは悶絶した。
悶絶しながらもライラは内心、口を尖らせた。
ちょっとぐらい贅沢な生活をしてもいいではないか。
せっかくの家馬車。最高のベッド。使わないのは勿体ない。
馬車を走らせる前の、早朝の散歩だって時々は行っている。
朝起きるのが面倒だから、十日に一回程度になっているだけだ。
食事だってそうだ。
好きなものを食べたほうが、身体に良いに決まっている。
デザートは心の栄養であるし、辞めたくない。
「おい、不満そうにしてんじゃねえ」
「だって」
「だってじゃねえ。とにかく俺は、お前を鍛え直す。なあに、次の街へ着くまでだ」
「……御者さん。次の街までどれくらい?」
「…………十日ほど……」
「長い……」
ライラはがくりと肩を落とした。
あえて泣きそうな表情を作り、ブラムを下から見上げる。
しかし睨み返された。
どうやら決意は固いらしい。
「……分かりました。言われた通りにしますよ」
潔く諦め、ライラは泣き顔をほどいた。
意地を張ったブラムを説得するより、十日間我慢したほうが楽というものだ。
しかし。
それはそれ。
これはこれ。
「分かりましたけど、さっき言った、殴るっていうのは撤回しませんからね」
拳を固め、ライラはにこりと笑う。
途端に、睨み顔をしていたブラムの表情が歪んだ。
ライラの肩にいたペノも、小さく悲鳴をあげる。
「お、おい、今は俺が叱っている時間だろ……?」
「だからちゃんと話は聞きましたよ? それとこれは話が別なので――」
言いながらライラはブラムに飛び掛かった。
それからしばらく、家馬車の中で叫び声がひびきつづけたのだった。