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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十一章 カウナに流れる恋三つ
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カウナに流れる恋三つ


翌日の昼。

ブラムが邸宅に帰ってきた。

約束通り、マーウライがブラムを送ってくれた。

ライラは深々と頭を下げ、ブラムの一日の滞在費を払った。



「それではありがたく」



思いのほかあっさりと、マーウライはブラムの滞在費を受け取った。

ライラはやや拍子抜けし、首を傾げる。

するとマーウライが困った顔をして、ライラの手をそっと取った。



「エルナ様。少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


「は、はい」



神妙な表情を向けられ、ライラはわずかに焦った。

また、プロポーズで押してくるのか。

それとも新たな方法でライラの心を転がせに来るのか。

貴族だのは相手の心を操る術があるという、ペノの言葉を思い出した。

しかしなぜか。嫌な気分にはならなかった。

相手がマーウライだからか。むしろその想う力が嬉しくもある。


などと思っていたのに。

ふたりで邸宅の庭へ出てすぐ、ライラの予想は覆された。



「そ、そうですか」


「これまでの無礼をお許しください」


「い、いえ。別に、そんなことは……」



これまでにないほど深く頭を下げてくるマーウライに、ライラは押された。

土下座する勢いであったので、ライラはマーウライに手を差し伸べ、身体を抱き支えた。


マーウライの話しは、プロポーズの撤回であった。

とんでもなく失礼な話である。

しかし誠心誠意を超えた謝罪が並べられたので、ライラはただただ押されて受け入れた。

むしろ気を遣い、「気にしないでほしい」とマーウライへ頭を下げた。



「……私、フラれたんだ……」



マーウライが帰った後、ライラはぼうっと空を見上げたまま放心した。

どこかで様子を見ていたのか。間を置いてやってきたブラムとペノが、ライラの傍へ寄った。

ペノは何らかの方法で会話を聞いていたのだろう。愉快そうに笑い、ライラの肩に飛び乗った。



「フったのは数知れないだろうけど、フラれたのは人生初なんじゃない?」


「……そうかもしれません」


「おめでたいね! 今夜はご馳走だね!」


「ちょっとくらい、そっとしておこうとか思ってくれないのですか?」


「そんな勿体ないことはしないよ!」



ペノの両耳が激しく横へ振れる。

鬱陶しいほど頬に打ち付けてくるので、ライラはペノを掴んで放り投げた。


ペノとは違い、ブラムは複雑そうな表情を向けていた。

残念そうでもあり、安堵しているようでもある。

ライラはブラムに苦笑いを向けた。

ブラムは揶揄うでもなく、黙って苦笑いを返した。


恐らく、昨夜。

ブラムとマーウライの間で何かを話し合ったのだろう。

それ以外に、これほどの急展開を生む機会はないと思えた。

とはいえ、今のブラムがライラの意に沿わないことをマーウライに話すとは思えなかった。



(……まあ、なにがあったか聞いたところで、今更ですよね)



事ここに至って、なにかが変わることはない。

いや、むしろ。こうなることを望んでいたはずであった。

気の迷いでプロポーズを受けようとしていたが、この結果が生まれて上々と言える。



「とりあえず、マーウライだけお爺ちゃんになってしまう事態は回避できました」


「……俺もそのうち、爺さんになるんだぜ?」


「それはだいぶ先の話しでしょう?」


「そうだな。その時まで一緒にいたら、だけどな」


「一緒にいてくださいよ。私、今、すっごく傷心なんですからね」


「……そうだな。まあ、そういう約束だ」


「そうですよ」


「いや、そっちのことじゃねえがな。……まあ、いいか。とりあえず鼻水拭いてこい」


「は、鼻水なんて出てないから!」



ライラはブラムの脇腹を小突いた。

痛がるブラムを横目にして、邸宅の中へ飛び込む。

玄関を過ぎて大鏡の前へ行くと、ライラは自らの姿を映した。

大丈夫だ。

鼻水は出ていない。


ライラは大きくため息を吐いた。

その吐息の音へ混ぜるようにして、外から声が滲んで聞こえてきた。

ペノの笑い声と、ブラムの喚き声。

いつも通りだ。

こんな時でも。

ライラはブラムの顔を思い浮かべ、眉根を寄せた。



ああ、いつもいつも。

一言余計なのだ、ブラムは。

時々優しいのに、その優しさを自ら掻き消して、苛立たせてくる。

そうでなければ。

そうでなければ、もう少し――



(……もう少し?)



そうでなければ、もう少し、なんなのだ。

ライラは首を傾げ、唸った。


そうでなければ、もう少し仲の良い友達だろうか。

いや、しかし。ブラムを友達と思うのはなにかが違う。

仲間だろうか。

それとも運命共同体か。


本来あり得ない、三百年という時間で生まれた関係。

それが、特殊な絆を育てているのだろうか。

ライラはしばらく考えて――やめた。

哲学的なことを考えるのは苦手なのだ。いや、哲学的なことも、か。



『どうしようもねえだろ』


ブラムの声が、心の内にひびいた。

ようやく静まったというのに、一々出てくるなと、ライラは鏡に額を打ち付けるのだった。

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