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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十一章 カウナに流れる恋三つ
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マーウライ

カウナに住みはじめて、五年が経った。

邸宅にも街にも慣れ、居心地の良い日々がつづいていた。


商人の街ということもあり、ライラも細々と商売をしていた。

といっても、小さな店を買い取り、店長を雇っての商売だ。

収入はさほど多くない。



「自分で店長をやってみたいとか思わないの?」



ペノが不思議そうに言った。

ライラは即座に首を横に振る。



「私が店長をして、お店が儲かると思います?」


「まったく思わないけど、経験を積めばいつかは出来るようになるんじゃない?」


「そうかもしれないですけど、そもそもあまり働きたくないのですよね」


「人の手伝いとかはするのに?」


「お手伝いは別ですよ。というより、お手伝いもしなくなったら、私ってダメ人間過ぎるでしょう?」


「いや、すでにダメ人間なんだよねえ」



ペノがため息を吐きつつ言う。

たしかにそうかもとライラは思った。

カウナに着いてから五年。ライラはほぼ引き籠りの生活をしていたからだ。

アテンとグナイが働いてくれているおかげで、邸宅から出る必要もなくなっている。

趣味も特にないから、内でも外でもやることは特にない。



「ブラムみたいに身体を鍛えたら?」


「うーん、まあ……そのうちに」


「絵に描いたようなダメっぷりだあ」



ペノがお手上げといった仕草を見せた。

ライラは開き直って、ふんと鼻を鳴らす。

そうして窓から邸宅の外へ視線を向けた。


外に、ブラムの姿が見えた。

来客対応中らしく、門のところで誰かと話している。

しばらく見ていると、ブラムが振り返ってライラの方を見た。

恭しくライラに向かって頭を下げてくる。

ライラは見慣れないブラムの従者の仕草に、頬を引き攣らせた。



「ブラムの従者姿は、本当に慣れないですね」


「まったくだね! ところでそのブラムが呼んでるみたいだけど?」


「そうみたい。あれは……マーウライでしょうか」


「そうじゃない? 早く行ってあげなよ」



ペノが両耳を揺らして急かす。

ライラは頷き、窓から手を振った。

すると、ブラムの傍にいた来客の男、マーウライが手を振り返してきた。


マーウライは、カウナの街の商人の見習いであった。

出会ったのは一年ほど前。

大量のランプを買うために入った商店で、マーウライがライラを応対してくれた。

話しをするうち、マーウライとは少しずつ仲良くなった。

今では時々、商売とは関係なくライラの邸宅に足を運んでくるほどに仲良くなっていた。



「お待たせしました」



邸宅を出ると、玄関前にマーウライとブラムが立っていた。

ライラは慌てて一礼し、対応してくれたブラムにも頭を下げた。



「ごきげんよう、エルナ様」



マーウライが恭しく礼をした。

するとマーウライの整えられた長い髪が、ふわりと揺れた。

その髪からは、新緑のような香りが溢れ、ライラの頬をくすぐった。


マーウライは取り立てて美男というほどではなかったが、稀に見る好青年であった。

ひとつひとつの仕草に磨かれた品があり、清々しさを纏っている。

相対するだけで、心が掴まれてしまいそうになるほどだ。

透き通るような瞳にも、魅力が宿っていた。

なにもかもを見抜くようで、なにもかもを受け入れるような瞳。

顔を合わせるだけで、居心地の良さを覚えてしまう。



「ごきげんよう、マーウライさん。ちょうどお茶の時間にしようと思っていたのです」


「それは良い時に来てしまいました」


「ええ、本当に。さあ、中へどうぞ」



ライラはマーウライを招き、邸宅へ向く。

顔を明るくさせたマーウライが、ライラの隣に付いて歩いた。

すぐ後ろにいたブラムが聞こえないほど小さくため息を吐いたが、ライラは聞こえないふりをした。


邸宅に入ると、察したグナイが厨房へ飛び込んだ。

ライラがなにを言わずとも、火を焚き、湯を沸かしてくれるのだ。

それを見たライラは、マーウライを客間へ通した。



「香茶でもいいですか?」



ティーセットを取り出しながら、ライラは尋ねる。

マーウライが喜んで頷いた。


ライラは最近新しく手に入れた茶葉を開けた。

グナイが用意してくれた湯を注ぐと、酸味のある香りがふわりと立ち上がった。



「不思議な香りですね」



マーウライが首を傾げた。

それを見て、ライラは微笑む。



「ウォーレンでは知られていない果実を使った、新しい香茶なのですよ」


「なるほど、やはり」



マーウライがライラからカップを受け取り、香りを吸い込む。

倣うようにして、ライラも香茶を淹れたカップに顔を寄せた。


新しい香茶は、オレンジの香りがするものであった。

とはいえ、この世界にオレンジなどない。

オレンジの香りがする果実を、ライラが探したのだ。

果実を探すのは思いのほか難しく、このためだけにライラは大金を溶かした。



「カウナの職人に作ってもらいましたから、その店に行けば買えますよ」


「エルナ様が提案して作られたものでしたか」


「いえ、そんな大したことでは」



実際、大したことではない。

朧げな前世の記憶を辿って、片っ端から果実を食べただけなのだ。

それを知っているペノが、ライラの肩の上で両耳を揺らした。

ぺしぺしと、ライラの頬を打ってくる。

そんなことしなくても、調子に乗ったりしないのに。



「エルナ様は商才がある。本当に素晴らしい」


「いえ、ですから、本当にそういうのじゃなくて」


「御謙遜を」


「違うんですう」



ライラは否定する。

そうするたび、マーウライがライラを褒めたたえた。

褒めたたえられるたび、ペノの両耳がライラの頬を打つ。

目端には、ブラムの呆れ顔が映るのだった。

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