老練なる
それからふたりは、コウランの家へ行った。
オルゴールのシリンダー部を作製するためだ。
シリンダー作製は水車以上に困難で、コウランが頭を抱えていた。
ライラはコウランのために街の中央で菓子を買い、馬車を走らせた。
「『しりんだ』っつたか、あの筒を作るのも面倒だがよ。回転速度を落とす歯車を作るのも面倒くせえぞ」
「……私たち、職人じゃないですもんね」
「それだけじゃねえよ。お前のふんわりした適当な知識を形にするのも面倒なんだよ」
「大変ご迷惑をおかけしています」
「ホントに、微妙なところでポンコツだな……」
「返す言葉もありません」
ライラは苦笑いし、馬車の窓の外を覗く。
本当にブラムの言う通りだ。
もう少し前世の記憶が残っていれば、役に立てることがもっとあっただろう。
しかしライラの前世の記憶のほとんどは、霞がかかっていた。
人間関係に至っては完全に思い出せないでいる。
思い出せないほうが、良いのかもしれないが
やがてコウランの家に着く。
出来上がっているふたつの水車の音が、ライラたちを出迎えた。
「いらっしゃい、レイテさん、ブラム。今日も来てくれてありがとう」
疲れた顔をしたコウランも、ふたりを出迎えてくれた。
木戸を開けてくれた手に、いくつもの血豆が見える。
働き過ぎではないかと、ライラは困り顔を見せた。
「少し休みましょう、コウランさん」
そう言うと、コウランが微かに目を細めた。
目の隈が鈍く震え、息苦しそうにしている。
「……はは……そう、ですね。実は昨夜もほとんど寝てなくて」
「なにやってんだ、お前。倒れちまうぞ」
「設計とか、色々思い浮かぶんだ。オルゴールのことも、それ以外のことも」
「それ以外もかよ」
「レイテさんのおかげかな。最近冴えてきてる気がして」
「……だとしても、お休みは取ってください。いいですね?」
ライラはコウランに詰め寄る。
コウランが半歩退いて、少しだけ頬を赤らめた。
こういう時、ライラは自らの整った顔を存分に生かす。
女性に慣れていないコウランのような相手なら、少し迫るだけで身を引くのだ。
そのあと好意を抱かれることもあるが、問題ない。
そのうちにまた旅に出るとでも言っておけば、関係が発展することはない。
こうした性別の武器を安く使うライラに、ブラムが顔をしかめた。
「……お前、また余計なことになっても知らねえぞ」
「……そういうの、もう慣れましたから」
「……悪女かよ」
「……人聞きの悪い」
「……じゃあ、老練ってとこか」
「……次それ言ったら、殴りますからね」
ライラは小声で言い、ブラムの足を抓る。
悲鳴をあげたブラムに、コウランが首を傾げた。