アイゼの発明家
そうして三人は、コウランの家に入った。
次いで、買ってきた石琴も家の中に運び込む。
「ブラム。ここで石琴を使う予定だったの?」
「当たり前だろ? 下手くそな俺が邸宅で鳴らしてみろ。近所の奴らに睨まれるに決まってらあ」
「……たしかに」
ライラは頷く。
コウランの家ならば、周囲の家とは距離があった。
昼間に練習するだけなら、文句を言う者はいないだろう。
「それに発明を思い付くなにかになるかもしれねえ」
「そんなに都合のいいことがあるでしょうか」
「あってくれねえと困んだよ」
「まあ、そうですが」
ライラはため息まじりにコウランの家の中を見回した。
相変わらず、綺麗に整理された部屋。
発明品の数々が置かれているが、いずれも整然と並んでいる。
家の端には、石臼が置かれていた。
水車の力で動いており、穀物を粉にしている。
コウランの本来の仕事は、製粉業だ。
役に立たない発明に明け暮れていても生きていけるのは、とりあえず製粉業もこなしているからだ。
「立派な機械ですね」
ライラはゴロゴロと動く石臼に近寄って言った。
石臼にはいくつもの軸と歯車が噛み合わされていた。
水車の力が丁寧に石臼へ伝わっているのが分かる。
「そ、それは父の発明なんです」
コウランが羨むような目をした。
父を目指して、発明家を志したのだろうか。
「こんな機械は、アイゼにひとつしかありません」
「この技術を売ろうとは思わなかったのですか?」
「……父の技術です。父が売らなかったのに、ボクが売ることは出来ません」
そんなものかと、ライラは首を傾げた。
発明家の矜持といったところなのか。
自分なら気にしないなと、ライラは思った。
しかし口にはしない。
コウランにではなく、ブラムに怒られてしまいそうな気がしたからだ。
「……いずれコウランさんも、お父さんのような発明が出来ますよ」
「……そう、でしょうか」
「ええ、きっと。この水車に笛を吹かせてみたりとか……」
「はは……、それは面白そうですね、はは」
コウランががくりと項垂れる。
父を思いだし、いつもの自虐的な思考に切り替わったらしい。
水車と石臼の音に合わせるようにして、コウランがぶつぶつとなにかを呟きはじめた。
ああ、面倒な人だなと、ライラは内心呆れる。
しかし、ふと。
コウランの姿を見て、ライラの思考に光が射した。
靄がかかった前世の記憶と、目の前の光景が重なりはじめる。
「……良いことを思い付きました!」
ライラは明るい顔を上げた。
沈み項垂れるコウランへ寄り、その手を掴む。
驚いたコウランが、目を丸くさせた。
腕組みしていたブラムも片眉を上げてライラを見る。
凛と揺れる、ライラの瞳。
その奥底で、空色の光が瞬いた。
「アイゼの発明家」の章は、これで終わりとなります。
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