眷属(けんぞく) 改訂版
神仏に頼りすぎるとこんな恐ろしいことになるかも・・・。
枕元が騒がしかった。
しかしそれは先程まで泣いていた妻と娘の声ではなく、激しく言い争う男たちによるものだ。
俺は甲殻類が脱皮するように固くこわばった体をすり抜け、ゆっくりと起き上がった。
恐る恐る目を開け、周りを探ってみる。
光度を落とした照明。まるで冷蔵庫の中にいるかのような室温。打ち覆い(うちおおい)をかけられた亡骸の並ぶベッド。どうやらここは病院の霊安室のようだ。
こんな場所でいったい誰が騒いでいるのだろう?
そちらを見ると言い争っているのは一風変わった格好をした集団で、その中に見慣れた顔があった。
「おお、ついにこっちに来てしまったか健一」
懐かしげにそう言ったのは、20年前に死んだはずの親父だった。
作務衣を着て、亡くなった時よりずっと若返っている。
親父の周りには同じ作務衣を着た者が数人。烏帽子付きの白装束が三人。他に修道士の衣装を着た欧米人もいた。だがなんといっても異彩を放っていたのはインカ風の面をつけ、派手なパンツとアクセサリー以外は裸の男だった。
「この方たちはな、お前を迎えに来られた眷属の方々なのだよ」
「眷属?」
「神様に使える召使のようなものだ。今じゃあワシもその一人さ。それでな……」
親父の話によると、なんでも人は生前祈りを捧げた神仏と縁が生じ、死後はその元に導かれるのだという。
その際、ただひたすら特定の神仏に祈りを捧げていた者は問題ないが、俺のようにあちこちで願い事をしまくっていた者は複数の神仏と縁ができるのだという。
「つまり、この人達はスカウトのようなもの?」
「いや、ちょっと違うんだ」
要するに生前願い事を聞いてもらった者は慣習として一定期間眷属となり、その神仏のお手伝いをすることになっているのだそうだ。
「あくまで慣習であって義務ではないが、それを拒否する者はいない」らしい。
ちなみに親父の場合は、毎年節分に護摩を焚いてもらっていた仁王さんに仕えており、信徒の願い事を処理する役を仰せつかっているという。
「ワシは生前、大きな願掛けはいつも仁王様の元で行ってきた。だから他の眷属の方たちも『お前は仁王様の元で修行するがいい』と言ってくれた。だがお前は違う。やたら多くの神仏と縁ができているんだ」
「でも日本人の場合、それはごく自然ですよ。だとすると誰でも死後はこのような騒ぎになるんですか?」
俺は声を荒げている異国の神の眷属をチラ見しながら尋ねた。
「それはちょっと違うな。確かに特定の宗教に入信していない日本人なら、その大多数が生涯で数多くの寺社仏閣を訪れる。だが彼らはせいぜいお賽銭を入れて祈り、御札を買って帰る程度だ。それに対してお前は古書店でつまらん本を手に入れて自分で御札を書いただろう? そんなことをすれば強力な縁ができてしまうんだ」
そういえば、俺はなんでも徹底的にやる性格だった。
「神職や僧侶は初めからその神仏に帰依しているのだから問題はないが、お前のように信仰の薄い者がそんなことをすると後で混乱が生じるんだよ」
「す、すると、俺は何年か持ち回りの眷属ということになるんでしょうか」
俺は少し不安になってきた。
「どこかに絞れない場合はそうなる。だが日本の神仏であれば話し合いもできる。しかしそういう妥協を一切認めない異国の神もある。ことにあのトマト・ケチャック神は……」
親父はそこまで言ってため息をついた。
トマト・ケチャック? そういえば大学入試の時、偏差値が足りない某有名私大に合格できるよう、インターネットで見かけた中南米の伝説神の呪具を取り寄せて祈ったことがあった。
かって中南米で広く信仰されていたものの、今ではごく一部のインディオの間だけで信仰されているというトマト・ケチャック神は、専用の呪具で祈れば強力な神通力を発揮すると書いてあったのだ。
「でもあの入試は失敗しましたよ」
祈っても何の効果もなかった為、トマト・ケチャック神の事などすっかり忘れていたのだ。しかし……、
「あの派手な衣装の眷属の話では成否にかかわらず、トマト・ケチャックが力を貸した以上はお返しをしてもらわないと困ると言うんだ。そのお返しというのが日本や欧米の相場である倍返しではなく、なんと……」
「ど、どのくらいです?」
「千倍返し!」
「なんですとー?」
詐欺だと思った。どうして願いも叶えてくれないのに、そんなに長期間奉仕しなければいけないのだろうか。
「だからこそ、おまえのために日本の神様の眷属代表が彼を説得してくれてるんだよ」
「親父は協力してくれないのかよ」
「うむ、こちらの世界に共通の言語はなく波長を合わせられないと意思の疎通ができないらしい。だからワシはあの方にお前の運命を任せているんだよ」
日本の神様の眷属代表というのは、押しの弱そうな人だった。
案の定……、
「健一さんにはしばらく南米に行ってもらう事になったぞよ」
という結論に達した。
仕方がない……。
俺は勝利の舞を踊るトマト・ケチャックの眷属を恨めしげに見つめた。
「ケチャル・ク・パメケ・ナッソ!」
「早う聖なる衣装に着替えろと言うておじゃる」
意思の疎通ができる眷属代表がご丁寧に通訳してくれた。
聖なる衣装と言っても新人の眷属がもらえるのは派手なパンツとインカ風の仮面だけだった。
「ハジュゲ・タバラ・オー!」
面をつけているので表情はわからないものの、体中から喜びのオーラを発散させている先輩眷属が何かを叫んだ。
「まずは踊りから覚えろと言うておじゃる」
こうなりゃ、なるようになれだ。
俺はやけになってトマト・ケチャック神・眷属の舞を真似た。
「クンタ・サバサ・パオ・プマピ・トット・サコ・ケリヨーン」
「くんた・さばさ・ばおばぶ・とっとこ・けろよ~ん」
「なかなか筋が良いと言うておじゃる。仕事は主にイナゴから作物を守る事なそうな」
「はあ、そうですか」
「期間は三百年に減らさせたゆえ、安心するがよろし」
「三百年~‼」
狼狽する俺をしり目に、日本の眷属代表は満足そうで、
「お勤めを終えたら日本に戻って来るがよろし」
そう言いながら、俺の背中をポンポンと叩いた。
「フンサ・プンサ・タバラ・オ~♫」
「ふんさ・ぷんさばらお~い♫」
三百年後、また妻や娘とどこかで再会できるだろうか……。
俺はそんな事を考えつつ、見様見真似で親父たち日本の眷属へ別れの舞を踊った。
( おしまい )
この小説は他のブログ等にも載せています。
以前に書いた小説の改訂版です。