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何がいちばんの幸せなのか

「オルブライト公爵家と言えば、隣国でも名家中の名家だが、いまは後継者問題で大揉めだ。第一夫人の子と第二夫人の子が跡取りの座をかけて決闘沙汰をやらかし、なんと相討ち。そのすぐ後に、療養中だった第三夫人の子が病死。そこから、血筋を辿って亡き公爵の弟君に相続をとなったが、これがまた大変でね。長男であった公爵のすぐ下の弟君、前公爵の次男は芸術家肌で若いうちに公爵家を出てしまっている。その下の三男は国内の貴族の家に婿入り。結婚の時点で公爵家の相続には関わらないと宣言済みだ。さらにその下の四男が、名をギデオンという。おそらく今回君たちの家に来た人物とみて間違いないだろうが」


 ガタン、ゴトン、と車輪の走行音を響かせ、日差しの注ぐ一面の畑の間を進む魔道機関車の車中。

 個室(コンパートメント)にて、淀みのない口調で他国の上流社会の醜聞(スキャンダル)をコーデリアに語って聞かせているのは、ロズモンドの友人にして第二王子のベネディクト。

 絹糸のような金髪に、精巧に整った白皙の美貌。淡紅色の瞳には楽しげな光が閃いていて、向かい合って座ったロズモンドとコーデリアをにこにこと見ている。


 独自の交際範囲と情報網を持つロズモンドが、「知っていることがあれば教えてください」と夜のうちに通信バングルで連絡を取ったところ「教えても良いけど、一緒に行く。面白そうだから」と言い出したとのこと。

 早朝、始発をめがけて駅に迎えば、すでに「座席は確保済みだよ」と待ち構えていたのであった。


 ロズモンドは、珍しく渋い顔をして腕を組み、口を挟むことなく話に耳を傾けている。出掛けにベネディクトと交わした「護衛は?」「いないよ!」という会話が引っかかっているらしい。妹のみならず王家の人間まで引率するとあって、責任の大きさに閉口しているものと思われた。

 ベネディクトはロズモンドの不機嫌に構わず、話し続ける。


「現在、後継者として一番有力なのは、芸術家の次男だが、おそらく本人にやる気がない。三男に関しては相続を放棄しているし、婿入り先の伯爵家の領地は公爵領と遠く離れていて、片手間で統治というわけにもいかないようだ。残る四男のギデオンだが、これがまたなんというか……。現在は王都の役所で役人をしているんだが、目立った活躍はしていない。平たく言うと、有能ではない。だけど、成人後もしばらく家を出ることもせず公爵邸で暮らしていたというし、特権階級意識は人一倍強そうだ。それこそ、やる気だけで言えば一番あるんじゃないかな。いまのぱっとしない生き方の大逆転として、公爵の地位が欲しい、と」


「人間関係は概ねわかりました。殿下は、その跡目争いになぜバートが巻き込まれたとお考えですか」


 なるべく話の腰を折らぬよう、コーデリアは控えめに口を挟む。一方、上機嫌のベネディクトは「それなんだけどね」と膝を叩いて身を乗り出してきた。


「バートの出自に関しては、騎士団に入団した際に少し調べている。実の父が亡き公爵で、母親は公爵家のメイド、つまり庶子だ。第四の息子。血筋から言えば後継者として十分に考えられる立ち位置なんだけど……」


 ベネディクトの、きらきらとした瞳に見つめられてコーデリアは膝の上できゅっと拳を握りしめた。これまでの説明を頭の中でさらい、慎重に確認する。


「前公爵様の四男ギデオン氏と、亡き公爵様の庶子で四男のバートだと、どちらがより後継者にふさわしいんですか?」


 うんうん、とベネディクトはしたり顔で頷く。

 それまで黙っていたロズモンドが、そこで重い口を開いた。


「父上が言っていた推測が正しそうだ。ギデオン氏とバート、どちらも候補ではあるが、決め手に欠ける。だが、たとえばギデオン氏に娘がいた場合、バートと結婚し、そこに子どもが生まれれば、血筋的に当主としてもっともふさわしい。ギデオン氏としては『幼少の頃から公爵家で貴族の教育を施すのだ』と周りを説き伏せ、生まれた子を連れて後見人として公爵家に入り込む計画でもあるんじゃないだろうか」


 ベネディクトが、ぱあっと花咲くほどに鮮やかに笑みを広げた。間近で見たコーデリアが思わず見惚れるほどの、明るい笑顔。


「さすがだね、ロズモンド」

「お褒めに預かり光栄です。ということで、話はよくわかりましたので、向こうに着いたら殿下は折り返しでお帰りください。あとはお任せを」

「ひとりで帰れって言うの? 何かあったらどうするの?」


 煽っているようにも、甘えているようにも聞こえる物言いに、ぐ、とロズモンドが歯を食いしばった気配。

 二人の会話を聞きながら、コーデリアは(んん~?)と内心で首を傾げる。


(お兄様の様子がおかしい……。普段なら相手が誰であれ、この程度で言い負けることはないはずなのに。遠慮? お兄様に限って、まさか)


「殿下、遊びに行くのではないんですよ」

「そう言って私をのけものにしようとしても、もうついて来ちゃったからね。私だって、自分の騎士をこんな形で連れ去られたら納得なんかできるわけがない」


 しかめっ面のロズモンドをものともせず、ベネディクトはコーデリアに微笑みかけてきた。


「コーデリアはどう思う? バートは我が国にいれば将来有望な騎士ではあるけれど、おそらく一生平民で、堅実なだけの勤め人の人生だ。一方で、生家に戻れば地位と名誉と財産を得ることができるし、おそらく女性もよりどりみどり。公爵ともなれば、第三夫人まで許される立場で、何不自由のない暮らし。本人にとってはどちらが良い生き方なのだろう」


 試すような物言いに、不敵なまなざし。

 コーデリアは負けじと見返す。


「私は貴族の生まれで、その恩恵を受けてきましたし、慣習や義務についても折に触れて知る機会はありました。貴族の生き方や存在を、否定したりはしません。そして、平民の暮らしに関しては未知の部分が多く……現時点で貴族と平民の、どちらの生き方がより良いと言うことはできません。その私が、バートに『あなたは一生平民として、私と生きるのよ』と言うのが、果たしてどこまで正しいことか……」


 途中までは強気で言っていたのだが、「バートを取り戻したいというのは、私のわがままなのかしら?」と思い始めたら、言葉は勢いを失ってしまった。言い終えるとともにため息をつき、肩を落とす。

 バートの意志を無視したとしか思えない不審な去り方に納得できず、婚約者なのだからと追いかけてきてはみたものの、バートの考えはバートにしかわからない。


(いったい何が、バートの幸せなんだろう。当たり前に続くと思っていた日常を壊されてしまった先に、今までの暮らしの方が良いと私に言う資格があるの?)


 ベネディクトはくすっと笑みをもらし、窓枠に片肘をついて田園風景に目を向けながら呟いた。


「恋愛って、難しいよね。形が無いから、当事者にだって、それがどんな見た目をしているかがわからない。二人で『愛してる』『幸せだよ』って確かめ合って作り上げていくんだろうけど、一度完成させたからってそこで終わりにすることもできない。綻び、形を変え、永遠には成り得ないものを、ひとはどうやって信じ続けていくんだろう」


 三人とも沈黙してしまうと、ただ汽車の走行音だけが響く。

 やがて、ロズモンドが自分の胸に片手をあて、真剣な口ぶりで発言した。


「魔道具を作っていると、最初は必要だと思って付けた部品も、無い方が良いと気づいて外してしまうことがあります。そうやって、すべてのものは最適化を図っていくと思うんです。もし……ひとの心、愛や信頼という感情が生きていく上で不要なものなら、とうの昔に廃れていて、誰もが手放してしまっているはず。太古から連綿と受け継がれてきたそれが、ここに変わらずにあるということ。心というものが、生き物にとってひどく重要であるのは明らかです」


 そこで、ちらっとコーデリアに視線をくれる。気勢をそがれて落ち込んでいたコーデリアは、気づいて顔を上げた。

 ロズモンドは目を細め、飄々とした態度を崩さずに言った。


「だから行くんだろう。彼の幸せを他人が勝手に決めつけることなど許されないからこそ、どう考えているのか聞くために。それが自分の望む答えでなかったとしても、彼の幸せならコーデリアは受け入れるんだろう?」

「それはもちろん、です。私はバートを取り返したいし、帰ってきて欲しいですけど、一番大切なのは本人の意思で……。だけど」


 頭の中の整理をし、迷いを捨てて断固とした口調で告げる。


「そのバートの判断に、『自分がいなくなったときに、婚約者すら探してくれなかったから』という諦めが影響するとしたら、ちょっと待ってと言いたいんです。『自分は見捨てられるような人間で、元いた場所では必要とされていなかったから、受け入れてくれるひとのところで生きていく』というのは、それこそ大きな間違いですから! 私はバートを必要としているんです!」


 つい、声が大きくなってしまった。

 ロズモンドとベネディクトは静かに聞いている。


(冷静にならないと……。私が泣いたり騒いだりしている場合じゃない)


 一度呼吸を整えて座席に座り直してから、コーデリアはしっかりとした声で続けた。


「私は彼を探しているし、必要としているし、できれば帰ってきてほしいんです。物わかりの良いふりをして身を引いて、大切なことを伝えないまますれ違うのは嫌なんです。もちろん、伝えた後はバートの判断になりますけど」


 言うだけ言うと、考えがまとまってすっきりした。

 にこにこと笑ったベネディクトは「なるほど、それは大事だ」と思いの外優しい声で言った。



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