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留学生のアリスさんは「好き」という日本語しか喋れない

作者: 墨江夢

「◯◇×*$&☆」


 彼女は微笑みながら、俺に向かって何か言う。

 しかし俺には彼女の言っていることが、何一つ理解出来ていなかった。


「えーと、一体何を伝えようとしているんだ? 全くと言って良いほどわからないぞ」


 そして今こうして俺が喋っている内容も、恐らく彼女には伝わってない。

 だから俺は首を傾げることで、「あなたの言いたいこと、わかりません」とアピールした。


 俺のジェスチャーはきちんと伝わったようで、彼女はピシャリと口を閉じる。そしてテーブルの上を指差した。


 ……何だ。テーブルの上の、テレビのリモコンを取って欲しかったのか。

 俺はリモコンを手に取ると、「ほい」と彼女に手渡した。しかし、


「NO!」


 うん、今のはきちんと聞き取れたぞ。どうやらリモコンが欲しいわけではなかったみたいだ。

  

 再度彼女がテーブルを指差す。

 俺も改めてテーブルの上に目を向ける。よく見ると、さっきリモコンのあった場所に飴玉が一つあった。

 成る程。本命はこっちだったか。


 飴玉を渡すと、彼女はそれを美味しそうに舐め始める。

 何やら呟いているけど、当然俺には何て言っているのかわからない。多分「美味しい」だとか、思っているんだろうな。


 彼女と出会ってからというもの、俺は常々思っていたことがある。

 俺たち人間は、言葉というものに頼り過ぎてはいないだろうか?


 例えば先程の飴玉の一件にしたって、「飴玉を取ってくれ」と日本語で言ってくれたら、勘違いすることもなかった。


 だけど仕方ない。彼女は日本語が喋れなくて、俺は英語がわからないのだから。日頃使っている言語が違えば、自ずとコミュニケーションも取りづらくなる。


 あぁ。互いの言葉がわかり、意思疎通が図れるというのは、なんとも素晴らしいことだろうか。 





 俺・西園寺明人(さいおんじあきと)は日本生まれ日本育ちの高校2年生だ。

 家族構成は、サラリーマンの父と専業主婦の母、そして大学生の姉。一家4人で特筆するようなことのないごく一般的な日常を送っている。


 そんな俺の日常に変化が生じたのは、1週間前のことだった。我が家にホームステイするべく、アメリカから留学生がやって来たのだ。


 留学生の名前は、アリス=スミス。金髪碧眼の美少女だ。

 俺と同じ高校2年生で、夏休みを利用して日本文化を学びに来たらしい。

 アリスの父親が俺の父親の友人みたいで、その縁でこの度我が家がホームステイ先に選ばれたのだった。


 美少女留学生と一つ屋根の下なんて、クラスの男子たちが知ればさぞ羨ましがることだろう。

 確かに、このラブコメ的生活を楽しんでいないと言えば、嘘になる。心なしか、家の中が良い香りに包まれているような気もするし。


 でも、必ずしも良いことばかりというわけではない。家族以外の異性と一緒に生活していると、色々不便なことだってあるのだ。


 例えば入浴。外から帰ってくるなり汗を洗い流そうと何気なく風呂場に向かうと、アリスがシャワーを浴びていたりする。

 姉の裸なら見たところで何も感じないが、アリスは違う。うっかり目撃してしまったら罪悪感を抱くし、アリスの方も見られたくない筈だ。

 だからアリスが来てからというもの、俺はリビングで彼女の存在を確認してから、入浴するよう心掛けている。


 例えば、深夜のテレビ視聴。……そりゃあ、俺だって健全な男子高校生ですからね。思春期真っ只中ですからね。ちょっとエッチなアニメとかも(勿論全年齢対象のやつだ)、観ているわけですよ。

 そんな時アリスが部屋に入ってきたりすると……気まずい空気が二人の間に流れることになる。


 その他にも色々気を使うことがあるけれど、一番苦労をしているのは……言葉の壁だった。


 日本人の俺は、日本語を話せても英語は喋れない。対してアメリカ人のアリスは、英語を話せても日本語は話せない。

 二人ともスピーキングはおろかリスニングすら真面に出来ないので、コミュニケーションを取るのも一苦労だった。


 では、俺は一体どうやってアリスと意思疎通を図っているのか? 

 自分に出来ないのなら、人に頼るのが定石だ。そう、姉の出番である。


 姉は大学で外国語(特に英語)を専攻しているので、アメリカ人のアリスとの会話もお手の物だ。

 だからアリスと会話をする時は、いつも姉を間に挟んでいる。


「姉さん、アリスに一緒に本屋に行くか聞いてくれ」

「何でよ。自分で聞きなさいよ」

「俺が聞くと、「Are you bookstore?」になるけど良いのか?」


 訳すと「あなたは本屋ですか?」だ。答えはNOに決まっている。

 姉さんも俺の英語力にほとほと呆れたらしく、溜め息を吐きながら先の質問をアリスにしてくれた。


「アリス、本屋に行くって。漫画を見たいそうよ」

「へぇ。ジャパニーズカルチャーに興味があるのか」

「興味なかったら、そもそも留学なんてしないでしょうに。……えっ、何々?」


 アリスが喋り始めたので、姉さんの耳は再び彼女に向けられる。

 凄えネイティブな発音だし、流暢すぎて俺には何を言っているのかわからない。しかし姉さんは一言一句聞き漏らさなかった。


「ふむふむ、成る程」

「アリスは何て言っているんだ?」

「あんたが前に部屋で見ていたアニメの原作が読んでみたいんだって。なんでも、あんたの好きなものを好きになりたいんだそうよ。健気じゃない」


 俺の好きなものを好きになりたい。アリスのその気持ちは、素直に嬉しいと思う。

 でもさ、アリスの言う「俺が部屋で見ていたアニメ」って……例のエッチなアニメなんだよね。


 あの時はアリスもすぐに扉を閉めてくれたから、内容までは把握されていないと思う。だけどその原作を読むとなると……俺の趣味嗜好が露呈してしまう。


 いや、別に変な漫画じゃないんだよ? 少年誌故のシーンが多少あるだけで、大半は普通のラブコメなんだよ?

 しかしそういった描写に耐性のない人からしたら、美少女のお風呂シーンがあるだけで即エロ本扱いだ。不条理なことに。


 そしてアリス相手となれば、趣味が誤解されるだけで済まない。

 アリスは日本語で書かれた漫画を読むことが出来ないから、当然俺に内容を尋ねてくる。

 俺は英語が喋れないから、内容を説明する際姉さんに通訳を求めることになる。


 つまりは俺は実の姉に、「この漫画のこのシーンが良いんだよね。グヘヘへへ」とさながらビブリオバトルのように語らなければならないのだ。

 ……何だよ、それ? 拷問に等しいだろ。


「……やっぱり夏休みの宿題をしなきゃいけないから、本屋に行くのはやめるって伝えてくれ」

「どうしていきなり心変わりしたのか気になるところではあるけれど、わかったわ。ねぇ、アリス――」


 姉さんからお出かけ中止を聞くと、アリスは俺にもわかるように大きく頷いた。


 出かけないのなら、部屋でゆっくりしていようとでも考えたのだろう。アリスは立ち上がる。


 そして俺の横を通り過ぎる際、ふと俺の耳元に顔を近付けて、こう囁いた。


「好き」

「――っ」


 それはおおよそ、日本語に不慣れな人間の発した言葉とは思えなくて。


 アリスは日本語を喋れない。しかし、全く知らないというわけではない。

 唯一喋れる「好き」という言葉を、さも練習するかのように毎日俺に言ってくるのだ。





「明人ー、買い物に行ってくれるかしらー?」


 夏休みの高校生は、漏れなく手伝いに駆り出される。特に俺みたいなインドア派は、格好の餌食だ。


 まぁ普段家事やらなんやらは任せきりにしてしまっているし、休みの日くらい手伝いをするのが筋というものだろう。

 特に何かやることがあるというわけでもなかったので、俺は母さんの頼みを聞くことにした。


 財布とエコバッグを持ち、玄関で靴を履いていると、トントンと後ろから肩を叩かれる。

 母さんが追加で買ってくるものを言いに来たのかと思い振り返ると、そこにいたのはアリスだった。


「アキト、アキトー」


 不慣れながらも必死で俺の名前を呼ぶ姿が、可愛かったりする。


「アリス、どうしたんだ?」


 俺はアリスにもわかるように、口を大きく開けてゆっくり問い掛ける。

 短い文だったこともあり、アリスは俺の言いたいことを理解したようで。「OK」と、指で丸を作った。


「私モ、買物、一緒スル」


 えーと……これは一緒に買い物に行きたいと言っているのか? しかし今から行くのはスーパーなのだが、果たしてそのことを理解しているのだろうか?


「スーパーだけど、本当に行くのか?」

「スーパー? umm……ハイパー?」


 いや、そういう意味のスーパーじゃねぇよ。それにさり気なくマウント取ろうとするな。

 力こぶ作って見せてもクソ可愛いなコンチクショー。

 俺は理性を取り戻すべく、一度咳払いをした。


 英語力に乏しい俺が口頭でスーパーマーケットを説明することは難しい。なのでスマホで「スーパーマーケット」と検索して、その画像をアリスに見せた。


「もう一度聞くぞ? 本当に行くのか?」

「イエス!」


 スーパーに行きたい高校生でも珍しいというのに、加えてアリスは留学生。本当、変わった女の子だ。


 身支度を終えたアリスが、小走りで玄関に向かってくる。


「アキトとスーパー、アキトとスーパー♪」


 ……これってもしかして、スーパーに行きたいんじゃなくて単に俺と一緒に出掛けたかっただけじゃないのか?

 

 普通なら、そんな自意識過剰な勘違いはしない。だけどアリスは俺のことを「好き」っていってくれているし……。

 顔が熱くなってきたように感じるのは、きっと夏のせいなのだろう。うん、そうに違いない。


 スーパーでの買い物は、比較的順調に終わった。

 アリスにおねだりされて、頼まれてもいないお菓子を買ってしまったのが、唯一の誤算だ。

 だってアリスの奴、「アキトー、アキトー」って服の裾を掴みながら俺の名前を連呼してくるんだよ? 可愛すぎて、つい甘やかしたくなっちゃうじゃん。

 予定外の出費については、あとで全力で謝るとしよう。


 スーパーからの帰り道、俺とアリスはエコバッグを片手に仲良く歩いていた。

 

 そういや、何気なくアリスにも荷物を持たせてしまったな。大した重さじゃないし、両方とも俺が持っても良いのではないか?

 というか、そうするべきだ。男として、女の子の前では格好つけたい。


「ん」


 俺が手を差し出すと……何を勘違いしたのかアリスはその手を握ってきた。


 いや、荷物を持ってあげようとしただけなんですけど。そう指摘しようと思ったが、声に出かけた寸前でそのセリフを飲み込む。


「〜♪」


 こんなにも上機嫌で俺の手を握るアリスの姿を見たら、どうして勘違いだなんて言えようか?


 結局俺は彼女に握られた手を振り解くことはせず、仲睦まじく帰宅したのだった。





 あっという間に時は過ぎ去り、アリスが帰国する日になった。

 部屋でアニメを観ながら「バイバイ」だなんて、そんな薄情なことはしない。俺たち家族は空港までアリスの見送りに来ていた。


 姉さんが父さんと母さんの言葉を英訳して、アリスに伝える。

「向こうでも元気で」とか「本当の娘みたいだった」的なことを言っていたからな。アリスは感度のあまり、目尻に涙を溜めていた。


「今マデ、アリガトウ。凄ク、凄ク楽シカタデス」


 カタコトの日本語でアリスは俺たちにお礼を言う。そのぎこちない日本語に、俺たち家族はジーンときてしまって。

「好き」以外の日本語がわからなかったあのアリスが……成長したものだ。


「……」


 俺が涙ぐんでいると、アリスがジーッとこちらを見つめてきた。

 心なしか、頬が赤い。……これは、アレだな。また流暢な日本語で「好き」と言われるパターンだな。


 この夏の間、毎日のように「好き」と言われ続けていたんだ。慣れ……ることは結局出来なかったけれど、くるとわかっていればポーカーフェイスを決め込むことくらい出来る。


 さあ、来い! 俺が身構えていると……


「大好き」


 好きを超えたその一言に、俺はつい固まってしまった。

 大好き、か。それは流石に想像していなかったな。


 どうしてアリスがいつもの「好き」ではなく、「大好き」と言ったのか?

 それは、今日で帰国してしまうからに、最後だからに決まっている。


 SNSでいつでも繋がれるとはいえ、こうして実際に会うことは出来なくなる。だから別れる前に、彼女は俺への好意を全面的に曝け出してきたのだ。


 いつもみたいに、あしらうことは出来ない。アリスの大好きに、俺もきちんと答えないと。


 夏のひと時を一緒に過ごして、俺の中の気持ちは既に固まっていた。


「俺もだよ。アリス、I love you」


 アリスが寂しくならないように、今夜から毎日電話をしよう。

 オススメのアニメの話とか、俺の通う学校での話とか。あとは……「大好き」とか。伝えたいことは沢山ある。


 でもやっぱりアリスと会いたいから、高校卒業と同時に留学するとしよう。

 その時には是非アリスの家に、ホームステイさせて貰うとしようかな。

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