悠久の時を生きるとはこれほどにも呪わしく
知らないのか、とナツメはむしろ驚いたようだった。そうか、無理もない。高等魔法院に進学した程度の人間なんて大概そんなものだろう。侮りではなく正当な評価で納得する。
知らないなら教えてやろう。カンナの驚き顔の面白さに免じて。授業をする教師が振るう教鞭のように人差し指を立て、意味もなくくるりと指先を回す。
「魔力を持ってる奴はな、加齢が遅くなるんだ」
内包された魔力量に応じて加齢が遅まる。加齢による肉体の衰えを魔力が補うせいで老化現象が鈍化していくのだ。なので魔力を多く持っているほど若々しいままでいられる。
そして魔力の多さは強さに直結する。魔法を機械に例えるなら、魔力は機械を動かす電力だ。電力が多ければ多いほど機械は軽やかに動く。そのように魔力の多少は力量に関わってくる。
つまり強さと魔力量、そして外見の若さは比例する。小さな子供だと思ったらとんでもない化け物級の実力者だったということも理論上は『ある』のだ。
ナツメもその例に漏れない。こう見えて120歳をゆうに越えている。武具による戦闘訓練の教官であるスヴェンも見た目は20代だが中身は50以上。妙齢の女性にしか見えない校長なんて200歳を越えているという。実際に何歳なのか数えるのに飽きるほど長きを生きているらしい。
「ま、普通じゃそんなにならないがな」
年齢にしては子供っぽい顔つきだな、とか、一般的にはその程度のずれしか起きない。ナツメやスヴェン教官、アスティルート校長のように見た目と実年齢に大幅なずれを起こすほどの魔力持ちはそうそういない。自分たちが特殊なのだ。
「そうなんですね……」
それは100年修行しろと言い放つのも納得する。成程、そのレベルじゃないと"灰色の魔女"は殺し得ない。否。それでも届かないのだ。
だって、魔力量に応じて加齢が遅くなるということは。ずれればずれるほど強大な力を持っているというのであれば。
そうであれな、ヴィトはどうなる。"大崩壊"より前、原初の時代から生きている彼女はどうだ。あの溌剌とした若々しい見た目で、今まで生きていたのだとしたら。
原初の時代は今から2000年も前だ。"大崩壊"があり、その後に新生した人々が紡いだ不信の時代が始まる。1000年続いた不信の時代はようやく再信の時代へ。人間の罪を神に詫びる再信審判が500年間行われ、再信審判の最終回が行われてからおよそ500年が今だ。
合計2000年。ヴィトは少なくとも2000年あの見た目であったのなら。天寿なんかとうに突破してずれにずれまくった外見と実年齢だとしたら。
いや、"大崩壊"が2000年前だというだけでヴィトの年齢がそうだとは限らない。"大崩壊"よりも前に生きているはずだ。その時点ですでに外見と実年齢のずれを起こしていたら。
だとしたらもう、それは途方もない時間じゃないか。再信の時代は封印されていたというがそれを引いたって膨大すぎる。
そんな永遠にも近い年月を世界の大罪人として過ごしていたのか。砂漠の砂粒をひとつひとつ数えていくくらい気が遠くなりそうだ。いや、ヴィトは実際に数え抜いてしまえるのかもしれない。それくらいの悠久の時間が横たわっている。
「なんて……」
あまりの途方もなさに思わず言葉が漏れる。何を思って"大崩壊"を引き起こしたのかはカンナにはわからない。だが、もうそんなもの精算されたっていいくらい滂沱とした時間を過ごしているじゃないか。しかもただ過ごすだけじゃない。世界中の人間に憎まれながらだ。2000年、ずっと。70万夜の孤独の果てに。
それはなんて可哀想で哀れなのだろう。想像するだけで胸が締め付けられる。
「だろ? だから……楽にしてやりたいんだ」
その孤独から解放してやりたいと思うのも当然だろう、とナツメは言った。
2000年の間にあったことを思えばこそ、殺して楽にしてやりたいと願う。終わらせてやりたいと思うだろう。
だが、終われないのだ。
"大崩壊"を引き起こしてもなお2000年を生きられるほどに強大な魔力が終焉を許してくれない。
「……死ねないんだ」