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魔女殺しに挑む者

事情を説明してくれた生徒曰く。ステファンという生徒が"灰色の魔女"に挑んだという。

彼もまたルッカのひとりだ。ナツメほど英雄視されてはいないが、それでも実力は確か。今も迷彩魔法で姿を隠して校内を闊歩する魔女を発見し、その場で勝負を挑んだのだ。


「貴様の命もここで終わりだ。魔女アッシュヴィト……いいや、名を口にするのも忌々しい! 今すぐ死ね!」


びしりと指を指し、高らかに宣言しているのがそのステファンとやらだろう。対するヴィトは動じたふうもなく敵意を受け止めている。


「この日のために研ぎ澄ました我が力を見よ! 正義決裁の審判剣"ユースティティア"!」

「ふぅん、大剣ネェ……」


そう、と大した感慨もなくヴィトが呟く。ステファンの身の丈を超える幅広の両刃の剣だ。まるで断頭台の刃を取り外して剣にしたかのようなそれは見る者に威圧感を与える。だがヴィトは何も恐れた様子はない。あぁそう大きな剣なのね、と興味もなさそうだ。


「余裕もそこまでだ、死ね!」


大剣を振り上げてステファンがヴィトに飛びかかる。ヴィトは視線もくれなかった。


「危ない!」


ひ、とカンナが息を呑んだ。人垣の中央、魔女へと正義決裁の審判が下される。狙いすまして振り下ろした刃はすんでのところで狙いが逸れて脳天ではなく肩へと叩き降ろされた。

きゃぁ、と誰かが悲鳴を上げた。切断まではいかずとも、大剣は深々と腕を切り刻んだ。ぼとぼとと鮮血が垂れ落ちる。


「っち、次こそ……!!」


ステファンが振り下ろした大剣を切り上げる。逆袈裟切りに首を狙うつもりだ。殺意と勢いを十分に乗せた刃が魔女の首へと迫る。その瞬間。


「じゃぁ、お返しネ」


りん、と鈴が鳴ったような水晶がぶつかり合ったような高い音がした。次の瞬間、ステファンは人垣の方へと吹っ飛んでいた。何人かを巻き込んで盛大に雪崩を起こす。

吹っ飛んだが勢いはそれほどでもない。怪我はないだろう。そういうように加減した。余波が起こす風で巻き上げられた髪を肩に払い、ヴィトが勝者の余裕で微笑んだ。


「悪くなかったヨ」


いい一撃だった。だが殺すには足りない。初撃でそれを判断し、続く刃を無駄だと拒否したヴィトはゆっくりと歩き出す。何をどうやって反撃したのかすら見えなかった反撃を繰り出した魔女に恐れをなした人垣が割れ、道を開けていく。ヴィトはまるで凱旋のようにその道を歩き、そして、ふっと姿を消した。迷彩魔法を使ったのだろう。後には呆然がもたらす静寂だけが残っていた。


「おいおいおい、何の騒ぎだ?」

「ナツメさん」

「よぉカンナ。どうしたんだこの人垣は?」


どうやら何か出遅れた感のある雰囲気だが。いったい何の騒動があったのだろう。

首を傾げるナツメに周囲の人々が口々に、矢継ぎ早に説明していく。彼らの説明をざっくりと聞き、ステファンが魔女に挑んで返り討ちに遭ったとかいつまんで理解したナツメはうんうんと頷いた。

成程。あの正義決裁者のルッカは魔女を殺せなかったのか。


「当然だ。あの魔女は俺にしか殺せないからな!」


まるで恋人自慢のように自信満々に言い放つ。ここは世界の大罪人を殺す決闘の場でなく観客のいる中で告白して振られた男を慰める場であるように。

そして人垣へと吹っ飛ばされてひっくり返ったまま呆然としているステファンを助け起こして服の埃をはたいてやる。無謀だなと彼の行動を評し、それから人垣へと首を向ける。


「さぁ、もう魔女は立ち去ったんだろ? ほら、散った散った!」


しっしっと人垣へ手を払う。もう騒動は収まったんだから解散しろと促され、人がまばらに散っていく。ステファンもばつが悪そうに寮の方へと逃げるように走っていった。

散り散りになっていく生徒たちを見やり、これで一件落着したかと息を吐いたナツメはカンナの方へと歩いてくる。カンナも応えて会釈した。

すごい人だかりだったな、と事を振り返ったナツメが肩を竦める。


「まったく、あの魔女は俺にしか殺せないんだから誰がやったって無駄さ。カンナもそう思わないか?」

「え? えぇ……まぁ……はぁ……?」


恋人を自慢する口調で物騒なことを言う。そのギャップはまだ慣れない。曖昧に返事をするカンナを意に介したふうもなく、ナツメは文句のようなぼやきを続ける。


「ステファンも筋は悪くないんだが……少なくともあと100年は修行しないと俺の足元にも及べないな」

「100年って……そんなの無理じゃないですか?」


例えでなく本気で100年と言っている口調だ。いやそれは何でも無理がある。100年修行しろだなんて力の高みに到達する前に寿命で死んでしまうじゃないか。

無茶なことをと非難を口にするカンナへ、ナツメはきょとんと目を瞬かせた。


「できるが? というか俺は今やってるが?」

「はい?」

「こう見えて俺は120歳を越えてるが」

「え……ええええええええええええええ!?」



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