悲願を他人に託す無責任
魔女を殺せ。そうイノーニは繰り返す。
授業終了後のひととき。その顔を反芻し、はん、とベルダーコーデックスは鼻で笑った。
「そんなに言うならテメェでやれよ」
生徒を焚きつけるだけ焚きつけて、自分は一切やろうとしない。情けないとは思わないのか。
教師と生徒、年上と年下だ。教師ならば、年上ならば率先して立つべきではないのか。
高等魔法院の生徒の年齢層は18から20過ぎだ。子供の領域を脱したとはいえまだまだ若輩。長きを生きるベルダーコーデックスから見れば子供同然だ。それを焚きつけるだなんて。
そうやって焚きつけておいて自分はどうだ。あの魔女に対峙したことはあるのか。魔女殺しに挑戦したことはあるのか。していないのならお笑い草、した上で挫折したのなら嘲笑ものだ。
「ベルダー。そんなに言わないで。先生にだって事情があるんだよ」
誰しもが戦えるわけではない。所持する武具が非戦闘用であったり、戦闘のための訓練を積んでいなかったり。
カンナだってそうだ。ベルダーコーデックスは戦闘には向かないし戦闘の訓練なんてしたことがない。真実の書をもってあらゆることを解明できてもそれで剣や魔法に対抗できるかというと否だ。
では戦闘用の武具を持てばいいというわけにもいかない。武具を起動し、そこに込められた魔法を発動させるには魔力が必要だ。武具と魔力には相性があり、相性が合わなければどんなに強力な武具でも強大な魔力があっても一切発動できない。歯車同士が噛み合うように、武具と魔力の波長がぴったりと一致しなければならない。
よって、術者ひとりに武具はひとつだ。やりたいことにそぐわないからと他の武具に替えることはできないのだ。その点だけはどんなに訓練を積んでもどうしようもできない。
カンナも同じだ。いくらベルダーコーデックスが憎まれ口を叩いて非友好的な態度を取ったとしても、ベルダーコーデックスを好きになれないからといって替えることはできない。ベルダーコーデックスを相棒として使い続けるしかない。それとも魔法という神秘を扱うことを諦め、ベルダーコーデックスを破棄するかだ。
きっとイノーニもそうなのだろう。武具は非戦闘用で、替えることもできない。その悔しさもあってあれほど過激に焚きつけるのかもしれない。
"灰色の魔女"のことを小さい頃から聞かされ、そんな悪い魔女は殺さなきゃと信じていた子供が、いざ自分の武具は戦闘に向かなかったと知ったら。それはきっと心のどこかが歪むだろう。カンナはそこに折り合いをつけたが、イノーニはつけられなかった。そのまま未練を引きずって教師となったのだろう。自分が育てた生徒が悲願を達成することを願って。
「はっ、魔女殺し魔女殺しって、それしかねぇのかよテメェの人生は」
長い時を眺めてきたベルダーコーデックスはその悲願を鼻で笑う。なんてちっぽけな人間のなんてちっぽけな願いだろう。まったくくだらない。
さっさと諦めて別の道を探せばよかったのだ。自分の夢を叶える代理人を望むだなんて。子供に過度な期待を寄せて教育する過干渉な親じゃあるまいに。
くだらない。腹が立つ。あぁ腹が立つ。忌々しい。これだから人間は嫌なのだ。
人間嫌いの真実の書は吐き捨てるように嫌悪感を口にする。人間というものはいつもそうだ。自分の一方的な感情で他者をを振り回す。
「はいはい。ふてくされないでよ」
人間嫌いの悪態はいつものことなので大して気にせず廊下を進む。今日はもう授業はないので部屋に帰るつもりだ。色々ありすぎて疲れたので部屋で心を落ち着けたい。
おやつでも食べようかな、と呑気に思考を走らせながら校舎棟から寮へ、広場を突っ切ろうとした。
「……あれ?」
人だかりがある。一体なんだろう。ざわざわと騒ぐ人垣に近寄り、一番後ろにいた生徒に話しかける。
「あの、なにかあったんですか?」
「挑戦者だよ! ステファンが魔女に挑んだんだ!」