夏の狂愛、終末の再来
「……と、いうコトで100年ちょっとのボクの期待はムダになりましたとさ、オシマイ!」
はぁやれやれ。大仰に肩を竦めてヴィトは報告を終えた。
連続行方不明事件は解決。最強のルッカは死亡。ついでに言うなら最強のルッカが死んだことで"灰色の魔女"を殺しうる人間がいなくなり、魔女殺害の夢も遠のいてしまった。世界にとって大きな損失だ。
「コレ持ってたから期待してたんだケドネェ……」
すべてを灰燼に帰した火の神カークスがこれだけは回収して寄越してくれた。嫌がらせなのか配慮なのか。後者だろうが今の気分だと前者に思える。
ぴん、と指で弾いたのは銀色のプレートだ。ナツメが所有していた武具"歩み始める者"である。原初の時代から存在するこの武具はヴィトにとって少なからず縁がある。とても思い入れ深いものなのだ。
"歩み始める者"に適合する魔力を持つ人間が数百年ぶりに生まれた。しかもそれは実力をつけて自分の喉元に手が届くくらい育って最強のルッカとなった。
今度こそと期待していた部分は大いにある。これに殺されるならいっそ3000年も報われると。だが結果はこう。失望と絶望でいっぱいだ。
「縁あるものによる死をお望みなら」
しましょうか。穏やかな声音で剣呑なことを言い放つ。冷ややかに魔女を見、アスティルートは魔力を練る。
そこからは一瞬。アスティルートの首に提げている首飾りの一番大きな銀の飾り玉が光った。足元の影から何かが飛び出す。それはすれ違うようにヴィトの首を断ち、胴と切り離した。召喚主の命令を遂行した何かは元通りアスティルートの足元の影に吸い込まれるように消えた。後には静寂のみ。たったひと呼吸の間のことであった。
それから5呼吸ぶん。静寂は破られる。
「いきなりはヒドくない?」
驚いた。唐突な殺害にびっくりしたヨといつもの片言でぼやいてヴィトが首の関節を鳴らす。
完全に断ち切られたとは思えない一言だ。この程度では死なない。
「縁あるものに殺されたいようでしたので」
しれっと答える。当然、この程度で死ぬとは思っていないので復活には驚かない。ちょっとした挨拶が不発したくらいにしか捉えていない。
先程のはアスティルートの武具だ。先祖代々伝わるそれは夜と闇を由来とする精霊を召喚する。闇馬アムドゥシアスに騎乗した夜の女神である。元は別々の召喚武具だったそれはいつしかひとつに融合したのだそう。
アスティルートは詳しくは知らないが、どうやらこれもまたヴィトにとって縁と愛着のある武具らしい。それを召喚し、ヴィトの首を断ち切った。
「キミは本当に容赦がナイなぁ」
吹き渡る春の風のように穏やかで優しい人格者であるが、同時に冷酷な面も併せ持つ。優しさは人に向けるもので魔女に向ける情はない。まぁ、情が欲しいと思ったことはないが。
「言っておきますが、生徒を巻き込まないでいだたけませんか?」
誰のことかは言わずともわかるはず。ルッカを目指しているならともかく、そうでないなら接触するべきではない。
あまりヴィトに肩入れしていれば、魔女に力を貸す不届き者だと殺意が向くかもしれない。そうなっては遅い。そうなれば校長として生徒に手を出してはならないという校則でもって守るつもりではあるが、それも限界がある。
「ウン。そうだネ。ボクも関わりすぎた」
アスティルートの指摘には大いに自覚がある。
一線引くべきだ。魔女に加担する不届き者を『不幸な事故』で消すなんてことになってはいけない。
友人と認識しているからこそ置かねばならない距離がある。
「そろそろ合宿の時期だっけ?」
学校を離れ、ひと月ほど泊まり込みで校外学習に出る伝統がある。合宿先は教科ごとにあり、進路や興味のある分野に合わせて生徒が選ぶことになっている。神秘学の合宿を選べば1ヶ月ずっと神秘学漬けだ。
ちょうどいい。これを機に友人としての適切な距離感を取り直そう。
友人。友人といえば。ふと思い出したことを口にする。
「……アレ。なんだろうナァ……」
ちらりとしか見ていないが、あれは人間とは違う気配をしていた気がする。
あれはいったい『何』なのだろう。




