天より降りし神々の力
灰すら残らない。建物ごと灰燼に帰して、火の神カークスは役目を終えたとばかりに石門に戻っていく。ばたんと石の門扉が閉まり、巨大な石門は光に融解して消える。指輪に戻ったそれはヴィトの左人差し指に元通りおさまった。
これがヴィトの持つ武具だ。その名を"インフェルノ"という。
呼び出されるのは神そのものではなく、伝承を元にヴィトが解釈した『神の力』だ。神々の絶大な力を解釈し、ヒトの形として再構成したもの。自己解釈が挟まっているとはいえ間違いなく神の力の一端だ。その破壊力は絶大。
しかも力としたのは火の神だけではない。この世界のすべての神々だ。つまり火、風、土、水、雷、樹、氷の7柱それぞれ顕在している。単純に考えれば今起こした炎の他に6種類の強大な力を行使することができる。
しかもこの力をかいくぐったところで待ち受けるは不死の肉体。自死を考えたヴィトがこの力を自身に向けてもなお生き返ってしまった不老不死がある。
攻守ともに完璧。故に、ヴィトは世界最強の"灰色の魔女"なのだ。
「……ふう」
コレって疲れるなぁ、といつもの片言でぼやいたヴィトがひと仕事終えたとに背を伸ばす。
あれだけの怒りを燃やしてナツメを殺した直後とは思えない態度だ。それは、背後で竦んでいるだろうカンナを思ってのこと。
振り返ればきっとカンナは世界最強の"灰色の魔女"の謂れを目の当たりにして畏怖と恐怖で竦んでいるだろう。その恐れを少しでも和らげるためにあえて軽く振る舞う。心を砕いて優先すべきは死んだ男より生きている友人だ。非情で申し訳ないが、まぁやったことを考えれば妥当だろうと責任転嫁をしてからくるりとカンナを振り返る。
「ダイジョブ? ケガない?」
「うん、大丈夫。……だけど……」
ヴィトの危惧に反してカンナは平静を保っていた。内心はどうかは知らないが、少なくとも表向きは落ち着いている。
神秘学者を目指す者としてメンタルコントロールの手段は知っているのだろう。悪く言えば図太くなるよう鍛えた精神が動揺を最小限にとどめて目の前のことを冷静に受け止められるようにしている。
ナツメの変貌と死、そして世界最強の"灰色の魔女"の謂れ。それらを目の当たりにして動揺していないわけはないが、ショックを飲み込んで何とかやり過ごせている。
それよりも。
「……私も殺したり、する?」
破壊神メタノイアのことは地雷だと言っていた。地雷を踏まれてあれだけ怒った。
ということは、ナツメと同じく自分もその怒りの範疇なのでは。だってメタノイアの製法はカンナだって知ってしまっている。それを実践するかはともかくとして。
自分もあのように怒りのままに燃やされてしまうのでは。緊張をたたえて恐る恐る問う。
「ん? あぁ、そんなコト気にしてるの? ダイジョーブだよ」
カンナは殺さない。ひらひらと手を振って否定を示す。
確かに触れられたくない嫌なことを知られてしまったが、だからといって殺すはずがない。その程度の不快で殺していたらどうしようもない。
カンナはいいように利用されて巻き込まれただけだ。悪いのはカンナの優しい心根につけこんであれこれ画策した上に道を踏み外したナツメであってカンナではない。
「ボクを想ってくれるのは嬉しいヨ。アリガトネ」
ヴィトの望みと噛み合わないだけで、想い自体は感謝すべきものだ。感情が褪せて死んでいてもその類の礼節はある。
想いに感謝はしよう。受け取ってその通りにするかは話が別だが。
「さて、と。帰ろっか。送ってくヨ」
「ヴィトは?」
「ボクは後始末サ」
行方不明事件の真相をアスティルート校長に報告しないといけない。世界最強のルッカが喪われたことも含め。
その報告はヴィトひとりでいいだろう。カンナが同席する必要はない。もしアスティルートがカンナからの報告も聞きたいのであれば後日呼びつけるだろう。
今日のところはカンナは落ち着けるところでこの動揺を咀嚼するべきだ。神秘学者の心得で狼狽えないように取り繕っていてもショックなものはショックなのだから。
平静を保っているのは受けたショックをいったん脇に置いているからだ。脇に置いたものをまたしっかり受け止めなくてはならない。
「と、いうコトで……"ラド"」
早速。ぱちんと指を鳴らして転移魔法を作動させる。転移先は女子寮の目の前だ。"灰色の魔女"がいると大騒ぎになるのでヴィトだけは転移と同時に迷彩魔法で姿を消す。
「ボクたちを……ヴァイス高等魔法院へ!」
ふっとヴィトたちの姿が転移魔法に飲み込まれて消える。後には何もいなかった。




