行方不明者、続出
「あ、やば!! 今日バイトじゃん!!」
「え」
急に思い出したようにレコが立ち上がる。がたんとテーブルが揺れて、騒がしいぞとベルダーコーデックスが文句を垂れた。
「やば、先輩の代理頼まれてたんだった。ごめんカンナ、リグラヴェーダ先生によろしく!」
「え……う、うん! 気をつけてね!」
大慌てで走っていくレコを見送り、手を振る。行ってらっしゃいと振った手を下ろし、温室の入り口へ向けていた体を正面のテーブルに戻した。
「やっほ」
コンニチハ。レコが座っていた位置に、まるで最初からいたかのように自然と座るヴィトがいた。
驚いて固まるカンナに悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、やったネ、とハイタッチ代わりにベルダーコーデックスの表紙を軽く叩く。
さて。カンナが驚きから立ち直るタイミングで子供のような笑顔を引っ込め、少し真剣さを帯びて問う。
「ナツメを見てナイ?」
「ナツメ先輩ですか?」
「うん。最近姿を見てなくてネ」
ここ数日、姿を見せていない。自宅と定めている小屋にも帰っている気配はない。
愛する魔女がいて顔も見せないだなんて珍しいことだ。殺しにかからないまでも、顔を見たり雑談をしたりとしてくるはずが、ここのところまったく構いに来ない。
なのでナツメを見ていないかカンナに訊ねに来たのだ。どこかで魔女殺しの作戦を立てて準備しているならそれでよし、そうでなければ知人として心配だ。
「確かに……私も見てないな……」
確かにナツメを見ていない。最強のルッカとただのいち生徒の自分では隔たりがあるとしてもだ。最強のルッカが歩き回ることで自然と発生する人だかりや噂話も見ない。どこかにいれば必ず、あれは最強のルッカじゃないかと歓声が上がるだろうに。
「もしかしたら、行方不明事件に巻き込まれたとか……?」
「ナニソレ?」
「あ、えっと。先生が言ってたんだけど……」
ここのところ生徒が行方不明になる事件が発生している。ブリュエットから聞いた話をかいつまんで説明する。
ヴィトはふんふんと相槌を打ちながら大人しく聞いていた。
「……で、今もレコと怖いなーって話してたところ」
もし知り合いが巻き込まれたらと思うと。レコやヴィトのように友人と呼べる親しい間柄の人間だけではなく、同じ授業に出席しているだけの特に言葉も交わしたことのない顔見知りの生徒が巻き込まれてもだ。身近な人が巻き込まれてしまったらと想像するだけで背筋が冷える思いがする。
不安を漏らすカンナへ、なら、とヴィトが微笑む。
「今すぐ即解決しちゃおっかナ!」
「え? ど、どうやって?」
何を言っているんだ。即解決だなんて。
ブリュエット曰く、何の手がかりもない。行方不明者が続出しているから何らかの事件性があるとやっと認識した段階だ。事件の存在に気付いたばかりで捜査はこれから。
ベルダーコーデックスを使って犯人を突き止めようにも情報が足りなさ過ぎる。真実の断片だって数秒と見えやしないだろう。
そんな暗闇に包まれた真実をどうやって解明するというのか。しかも即。
「とーってもカンタン。リグを頼ればイイんだヨ」
「リグラヴェーダ先生?」
リグといえば。リグラヴェーダの愛称だ。親しい間柄の人間にそう呼ぶことを許している。あのアルヴィナもまた愛称で呼ぶことを許されていた仲だ。アルヴィナは先生と生徒の身分の手前、遠慮していたが。
リグラヴェーダを頼るとは。頼るとはどうやって。なぜリグラヴェーダがここで出てくるのか。
ヴィトの突拍子のなさに目を瞬かせるしかできない。はぁ、とベルダーコーデックスも胡乱げだ。
「あ、コッチのリグじゃなくて……説明するより見てもらったほうが早いカナ」
うん、そうしよう。ひとり納得し、ヴィトは片方しかないピアスに手を添えた。
「"ラド"。ボクとカンナを……裏通りの魔女の元へ!」
かちん。機構が作動して歯車が噛み合ったような音がして、転移魔法が発動した。




