表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/40

ひとがたりない

それから数日。ヴィトにもナツメにも会うことなく、いたって穏やかに時間は過ぎていく。授業を受けて休日には学費稼ぎの労働、買い物に課題にと学生らしい日々が続いていた。


今日の文化学の授業は魔力の属性概念の話だった。

個人が宿す魔力は本人が信奉する神や出身、血統などによって属性が偏るという説の話だ。火神を信仰するキロ族が持つ魔力は火のように熱く感じるし、雷神を信仰するシャフ族の魔力は電撃を受けたように肌がぴりぴりと刺す感覚がする。

これは本人にも制御できない部分であり、その特徴を敏感に感じ取れれば、敵対する術者の姿が見えなくても相手の情報をある程度窺うことができる。


というブリュエットの話を聞きながら、成程とカンナは納得する。

ナツメから譲渡された魔力が熱風のように感じられたのはそういうことか。本人は敬虔な火神の信徒ではないが、キロ族の血を引いているので魔力にそのような特徴があるわけだ。

なら自分の魔力は他人にどう感じられているのだろう。小さな頃に水神ナルド・レヴィアに命を救われた恩があって、その縁で水神を信仰してはいる。してはいるが、それほど敬虔でもない。水を汚すことを避けるだとか、節水するだとか日常生活でほんの少し気をつけているだけ。熱心な信徒のように毎日祈りを捧げるだとかそういうことはしていない。

そんな信仰ともいえない信仰でも自分の魔力は水の属性を帯びるのだろうか。


「……と、今日はここまでだね~」


話が盛り上がって一区切り。さて、と続けようとしたところで見計らったかのようにチャイムが鳴った。

ここまでという言葉を聞きノートや教科書をしまい始める生徒たちを見やり、注意事項があるから退出は待って、とブリュエットが切り出した。


「このところ~、生徒が行方不明になる事件が発生してるんだよね~」


生徒が数人行方不明になっている。ひとり、ふたりなら妙な偶然と片付けられるところだが、片手で数えられる人数を越えたので事件性があるとみてきちんと捜査することにした。

行方不明者には共通点がない。学年も性別もばらばらだ。最後に消息を絶った時間帯も。


「共通点がないってことは誰でもターゲットになれるってこと~。女子は特に気をつけてね~」


絶対にひとりにはならないように。それと、思い当たることがあれば誰でもいいので教師に教えてほしい。

それを通達して、じゃぁまた来週、とブリュエットが手を振った。


「来週もまた全員出席してることを祈ってるからね~」


***


怖いこともあるものだ。温室の一角の休憩スペースでレコと一緒に顔を見合わせる。

リグラヴェーダに誘われて茶の時間を楽しみに来た。ちなみにリグラヴェーダは飲み物を用意しに席を外している。温室の脇に給湯室があるようで、そこで茶を淹れている。


「カンナは大丈夫? 最近一人で森に行ってるけど」


森。しかも闇の塔の付近だ。人気なんてまったくない。誘拐犯がいるなら絶好の狩り場じゃないか。

そんなところに頻繁に通っているなんて大丈夫なのか。


問うレコに、たぶん、と返す。

行きはともかく、帰りはナツメの転移魔法で寮や校舎の近くに転移させてもらっている。最強のルッカがいるところで事に及ぶ度胸は誘拐犯にもないだろう。逆に安全だ。


「っていうか、ナツメ先輩と会って何してるの?」

「うぐ……」


それは答えられない。ヴィトのこと、破壊神メタノイアのこと、何も言えることがない。

さりとて誤魔化せる嘘も咄嗟に思いつかない。男と女が人気のないところでなんてそういう関係を連想されるものだが、ナツメは魔女への愛を公言しているのでその可能性はゼロだ。なのでその手の嘘も言えない。


「あー、ほら、アレだよ」


困り果てるカンナを見かねてか、テーブルの上に鎮座していたベルダーコーデックスが口を挟んだ。


「アイツは色んなところを旅して色んなモンを見聞きしてるだろ、その話を聞きにさ」


なにせ100年以上生きた最強のルッカだ。話のタネは多い。

カンナは自分の見聞を広げるため、彼が旅で得た経験や知識を聞きに行っているのだ。


そう適当に言い訳を繕い、そうだろ、とカンナを促す。

貸しだぞ、と言いたげな気配を頷きで了解しつつ、そういうこと、とカンナも続く。


「ふぅん……まぁ、神秘学者志望だもんね」


神秘学者は世界の真実を読み解く学者だ。知識はあればあるほどいい。どんな些細なことでも新たな発見につながるかもしれないとあらゆる知識を得ようとするものだ。

それならまぁ、それも納得か。うんうんと納得したようにレコが頷く。


「まぁ男女の関係じゃないことはわかってたけどさ」

「そりゃナツメ先輩は……ね」


その線はまったくゼロなのだ。仮にカンナがどれだけナツメに思い入れて、裸で迫ったとしてもナツメはそれを無視するだろう。風邪をひくぞと肩に毛布をかけるくらいの気遣いはみせるかもしれないが、その程度だ。

それくらいナツメは"灰色の魔女"に熱中している。他の女など歯牙にもかけない。すべての情熱を"灰色の魔女"に注ぐ。


愛と殺意を同居させて魂を燃え上がらせるその狂愛はいつかその身を焼くだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ