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回想・"大崩壊"

後世に"大崩壊"と呼ばれるそれが起きたその日。世界は文字通り壊れた。すべての生命は死に絶えた。そこには死体すら残らず、ただ『何か』としか形容のできない生命の残骸だけが存在していた。

黒く粘性のある液体に変わり果てた海。色の存在しない川。灰が重なることでそこに可燃性の物体があったことを示す森。灰色の山はヒトの営みの痕跡だ。ヒトの形をした煤が影のように瓦礫に焼き付いていた。

生命と呼べるものは何一つ残っていない。地平線の向こうまで黒しかない。明度や彩度が違うだけで、そこにあるのはひたすらに黒い世界だった。


その中を歩く。足音すら立たない。足音を鳴らす砂利すらも残っていない。足跡を残す柔らかい土さえ存在しない。歩いていると知覚しているだけで本当は一歩も進んでいないのではないかと錯覚するくらい風景は変わらず、世界には何も存在しなかった。


それでも。もしかしたら。誰か生き残っているかもしれない。人間でなくてもいい。獣でも、花の一輪でも。生命と形容できるそれがひとつくらいはこの災禍を免れているのではないか。

一縷の希望を探して生命の耐えた大地を歩く。生命の存在を探し、無いと現実を突きつけられ、それでもと食い下がって諦め悪く命を探す。


「生命は存在しないわ」


その希望を打ち砕くように、凛と声が響いた。

鐘のように透き通っているようでいて、終末のように濁っているようでいて。形容しがたい声に呼び止められて振り返る。


「キミは……」


彼女は、そうだ。真実を司る神の信徒の長だ。頂点に至った故に至姉と同族からは呼ばれている。

知人の縁者として知ってはいるが直接声を交わしたことはない。その彼女がこの地に立っている。あぁ生命はかろうじて存在していた。わずかな希望を目の当たりにして胸に喜びが満ちる。

だがそれを蹴飛ばすように彼女は首を横に振った。


「生命は存在しない。我らとて全員が死んだ。私も長くはないわ」


魂を継いで不老とする我が一族すら死に絶えた。どんな魔法ですら打ち砕くのは難しい頑強さと生命力を有していたのに。

生命としての頂点に行き至った自分だけがかろうじて災禍を耐えきったが、それも長くはない。

そう告げた彼女は続ける。


「最後の生命として聞きに来たわ。――これで満足?」


これがあなたの望んだことか、と。万魔を排して復讐を遂げ、取り戻したかった世界の有り様か。

昔日への回帰を神に望み、回帰故に運命は再来した。その輪廻への慟哭の結果をどう見るか。満足だったと胸を満たしてピリオドを打つか、不満足だと叫んでリライトするか。


「ボクは……こんなこと、望んでなんか……」


こんなはずじゃなかった。ただ平穏を取り戻したかっただけだ。

夢見て、焦がれて、愛して。理不尽に取り上げられてしまったものを取り戻したかった。

ただ穏やかで平和な日々が戻ってこれはいいと。それだけなのに。


「なら、罪を消したい?」


なかったことにしたいか。かろうじてヒトの輪郭を保っている彼女はそう聞いてきた。


「不可能ではないわ。ここは我が妹の……蛇の魔女の薬店なのだから」


何でも願いが叶うという奇跡のような店。砂を掻くような無限の努力に身悶え、血反吐を吐いて絶望の底で慟哭するような人々に差し伸べられる救いの手。それがあった場所が『ここ』だ。

奇しくも自分たちはそこに立っている。この場所にちなみ、この滅びをなかったことにしてやろうか。罪を帳消しにして世界の滅びを消し去ってやろうか。

それはまるで、滅びの情景を描いたページを破り捨てて、新たに付け足したページに生命あふれる希望の情景を綴るように。脚本に綴られた気に入らない展開を消去するように。


「あなたが望み、代償を払うのなら……私がそれを叶えましょう」


決断は早めに。もうこの世界は長くない。終焉が訪れようとしている。この世界の有様すら残らない、完全なる無まであと少し。


「さぁ、どうする?」

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