何でも願いが叶う店の噂
翌日。地理の授業のこと。今日もクロッケスは話を脱線させて熱い語りを繰り広げていた。
その土地に根ざした都市伝説や初出不明の噂は興味深いものが多いという補足から、鼻息を荒くして語るのは校下町の幻の店の存在だ。
曰く、校下町には『どんな願いも叶う店』が存在するという噂がある。その店では、代償と引き換えにどんな願いでも叶う。代償を支払えるのならば世の理に反したことすらも。死んだ人間を生き返らせることもできるし、不治の病も快癒する。特定の人間を殺したり不治の病にかからせるなんてもっと簡単だ。
そんな店が実在しているのかどうか。クロッケスも興味本位で探したことはあるが、校下町のどこを探してもそんな店は見つからなかった。
「面白いのは同じウワサがクレイラ島にもあるってこと」
しかも噂が流布し始めた時期を探ると、クレイラ島の方が先なのだ。
興味深いよね、とさらに話を掘り下げようとしたところで、無情にもチャイムが鳴ってしまった。
「ちぇ。じゃぁ次の授業まで元気でね!」
ひらりと手を翻してクロッケスが教室から出ていく。それに遅れて生徒たちもおのおの教室を出ていく。カンナもその流れに乗って教室を出る。
この後の授業の予定はない。いったん寮に戻って筆記具や教科書を置いてから自由時間を楽しもう。探し人もいることだし。
探すのはもちろんヴィトだ。彼女にナツメと話したあれこれを打ち明け、協力を取り付けないと。
おそらくヴィトは迷彩魔法で姿を隠して校内をうろついているだろう。迷彩魔法をかけてはいるものの、万が一見つかれば騒ぎになることから人通りの多い場所には行かないはずだ。そうなると、と目星をつけて目的地を絞りつつ、考えているうちにたどり着いた自室の机に鞄を置く。
くるりと背を向けて寮を出て、目星をつけた場所に向かうことにした。人気のない場所といえば図書室の書架の奥、あるいは薬草学用の温室が筆頭だ。ついこの前ヴィトと図書室で会ったので、きっとヴィトはそこを避けるだろう。かくれんぼの心理だ。同じ場所には近寄らないはず。
つまり最初に行くべきは温室だ。そう思って中庭を抜けて薬草学用の温室へ。中庭の端にいくつか建っている温室の一番奥から当たることにする。かつてアルヴィナが世話をしていた植物たちが並ぶ温室へ足を踏み入れる。
「いた! ヴィト!」
「ふぇっ!? あ、あぁキミか。ビックリした」
迷彩魔法をかけて姿を隠していたのに見破られて声をかけられるなんて。驚いたヴィトがカンナを振り返り、ほっと警戒を解く。
「どうしたノ?」
「ちょっとお願いしたいことがあって……。話が長くなるから、座って聞いてくれる?」
温室の隅には休憩用のスペースがある。そこを勝手に使わせてもらうとしよう。
自分の横柄さに申し訳無さを感じつつ、休憩用のテーブルにつく。ヴィトも椅子に座って聞く姿勢を作ったところで、ナツメと話したあの計画について語り始めた。
自信の改変能力とその発動条件。破壊神メタノイアの存在を改変し、ヴィトを世界の大罪人から解放する計画だ。改変をなすためにはヴィトの魔力を借り受ける必要がある。そのための協力をしてくれないか。
「ふぅん……ナルホドネェ……」
何やら画策していると思っていたがそんなことを考えていたなんて。
気持ちはとてもありがたい。だが。
「悪いケド、ソレには協力できナイカナ」
その気持ちを踏みにじるようで悪いが、その計画には協力できない。その計画によってもたらされる結果を自分は望んでいない。
"大崩壊"を起こした罪も含めて自分の人生だ。それを否定することはたとえ友人でも許さない。罪を他人に押し付けて得る平穏は不要。罪を他人に押し付けてなかったことにして、自分は安穏と生きるのか。
「なかったことになんて、できないんだよ。……ボクはそれを知ってる」
それはもう、痛いくらいに。




