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最強のルッカ

ルッカが帰ってきた。授業のはじめ、イノーニは自慢気にそう言った。


「先生、ルッカってなんですか?」


ルッカとは。聞いたことはあるがあまりよく知らない。あれはルッカになりうるぞと教師陣がそう言葉を交わしているところをたまに見るが、いったいルッカとはなんだろうか。

口ぶりからして特別な実力者というような意味合いを感じるが。


質問したカンナへ、話を中断されてもさして気分を害した風もなくイノーニが答える。


「ルッカとは"魔女を殺す者”と云う意味だ。あの忌々しい魔女の殺害を成しうる者の称号を言う」


このヴァイス高等魔法院にいる"灰色の魔女"。"大崩壊"を起こした世界の大罪人、かつ世界最強の彼女の殺害は世界の悲願だ。

その彼女の殺害ができうる実力者をルッカと呼ぶ。陳腐なことを言えば救世の英雄の候補者といったところか。幸運を意味するそれは、意味が転がるに転がって『神々の寵愛を受ける者』から『神々の寵愛を得る資格のある者』へと変化し、『今では神々からの報奨を受けるに足る役目を終えた者』つまり『魔女殺しをなす者』という意味になった。


過去、ルッカは何人も現れた。そしてその誰もが魔女の殺害をなしえなかった。始源のルッカと称される歴史上初のルッカでさえ魔女を封印するのがせいぜいであったという。封印から起き出した再信の時代から現在まで、ルッカと呼ばれた者は誰一人それを完遂できなかった。


「だが、彼奴は過去のルッカと一味違う」


帰還した彼の名はナツメ・ホロロギウム。歴史に伝わる数多のルッカを凌駕するだろうと評される飛び抜けた実力者だ。

ルッカの中のルッカといってもいい。誰しもがその実力に期待する。イノーニもまたそうだ。もしかしたらナツメこそがあの魔女を殺せる英雄なのではと。


ナツメ本人もまたそれを望んでいる。魔女殺しを目標に掲げ、研鑽に明け暮れている。高等魔法院を主席で卒業した後もここに留まり、時には修行の旅に出る。

今回も長い武者修行から帰ってきたところだ。いったいどれだけ鍛えられたのだろう。その成果に注目が集まる。


自他ともに認める最強のルッカ。彼ほどの逸材は存在しないだろう。どんな褒め言葉でさえナツメの力量を称えるには足りない。そう言い切れてしまうほどなのだ。


***


「みんな持ち上げすぎじゃないかい?」


期待されて当然、期待に応えて当然の最強ではあるが。その点についても大いに自信がある。だが、少し持ち上げすぎではないだろうか。こうも持て囃されるとくすぐったい。

あまりにハードルを高く設定されると無茶振りになるのだと文句のひとつも言いたくなる。では応えないかというと否だが。それは世界の皆の悲願であり、そして自分の望みなので。


「俺がいない間、事件とかはなかったか?」

「あー……えっと……それが……」


ナツメに問われた生徒が答える。事件も事件、大事件だ。

かくかくしかじか。ハルヴァートの事件を説明する。といっても語っている生徒本人も噂の範疇でしか知らない。当事者である生徒に詳しいことは聞いてくれと肝心な部分を投げつつ、かいつまんで話す。


「それで闇の塔に……」

「闇の塔だって?」


聞き捨てならない単語が出た。闇の塔とは、この高等魔法院の北西にある立入禁止の塔だ。そこには"灰色の魔女"が住む。

その魔女の足元で事件があったとは聞き捨てならない。もし事件のいざこざが魔女に及んでいたらと思うと肝が冷える。

座っていた椅子からがばりと立ち上がり、前のめりになる勢いで生徒に詰め寄る。


「俺の魔女は無事だろうな!?」


***


ルッカが帰還したらしい。

そう聞き、へぇ、と彼女は呟いた。


「あのコがネェ……」


懐かしい気配がすると思ったら。そうか。帰ってきたのか。

慣れ親しんだ知己の帰還を素直に喜ぼう。あれほど真っ直ぐな感情は知らない。ただ一点へ、それ以外を削り落とした人となりはいっそ清々しくて好ましい。


「キミはボクの願いを叶えてくれるカナ?」


魔女の殺害という世界の悲願を。歴史の宿願を。神々の懇願を。人々の渇望を。希望を。切望を。愛を。憎しみを。哀れみを。怒りを。悲しみを。狂気を。信奉を。

原初の時代に生まれ、不信の時代に封印され、再信の時代に起き出し、そしてこの信仰の時代に生きている魔女をどうか。


――殺してくれ。


キミの刃に殺されるなら、悪くない。

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