この力を以て
おそらくナツメはそこにいるだろう、と目星をつけて闇の塔付近の森へ。
闇の塔から少し離れた場所に小さな掘っ立て小屋がある。ナツメがヴァイス高等魔法院に滞在する時は寮ではなくここで寝泊まりしているのだそう。
そう聞いて向かったカンナの予想通り、そこに彼はいた。洗濯を終えたところらしく、木と木の間に渡したロープに服をかけて干している最中だった。
「ナツメ先輩」
「どうした?」
「ちょっと相談があるんですけど、いいですか?」
「もちろん」
カンナの話から秘密の話だろうということを察し、ちょいちょいとナツメが手招きをする。
ナツメが招こうとしているのは掘っ立て小屋の正面、家でたとえるなら庭に当たる空間だ。通行の邪魔にならない位置に丸太を組んだテーブルと椅子がある。
そのテーブルを囲むように立つ木々の幹には氷神の紋章が書いてある。真実を司る氷神の紋章を書くことで、その内部の空間で交わされた秘密の漏洩を禁ずるおまじないだ。残念ながら本当に声や音を遮断する効果があるわけではない。
「それで、相談の前に見てもらいたいものがあるんです」
招かれるままに椅子に腰を落ち着け、机にベルダーコーデックスを置いたカンナが話を切り出す。
見てもらいたいものはこれだ。そう言って、足元の小石を拾ってテーブルの上へ。
「この小石が何だ?」
「えぇ、小石ですよねこれ」
どう見ても。肝要なのはここからだ。右手で小石を握り、左手はベルダーコーデックスへ。表紙に手を添え、魔力を流し込む。
「――解読開始」
真実の書よ、その力を示せ。詠唱に沿って魔力が風となって吹く。
「解読完了」
ただの砂岩の欠片だ。そう真実を示す書にさらに魔力を流す。
「改変開始」
真実改変の偽書がその本領を発揮する。如何様にも嘘を吐き、真実を改変して望むように作り変える。
今カンナが右手に握っているそれは砂岩ではなくガラス玉だと。机に乗せた時は確かに砂岩だった。だがそれを握り込んだ瞬間にガラス玉にすり替えた。そういうふうに嘘を吐いてカンナの右手の中にガラス玉が存在する道筋を作る。結果と過程に矛盾がなければ嘘は成立し、『真実』は改変される。
改変完了。
ぱっとカンナが右手を開く。そこには青いガラス玉があった。
「これが私の……ベルダーコーデックスの能力です」
「ほう」
ものを作り変えるのか。理解が早いナツメに否と答える。
改変するものは物質だけじゃない。概念すらも作り変えることができるのだ、とカンナが説明する。いまいち掴みきれていないナツメへ、ベルダーコーデックスが補足する。
「たとえばだな、テメェと今話していることもなかったことにできるぜ」
嘘を吐ける余地があるのなら、あった事実すらなかったことにできる。
『カンナはナツメのもとに向かわなかった』とでっちあげられるのなら、今こうして会話していることもなかったことにできる。ナツメの記憶を改変し修正して、『カンナは来ていない』と塗り替えることができてしまう。今こうして会話しているという事実を嘘で消してしまえる。
やろうと思えば簡単だ。今この場にいるのはカンナとナツメとベルダーコーデックスだけ。他の第三者はこの状態を知らない。誰も観測できていないのなら、カンナがナツメに会いに行ったことを証明する人間もおらず、嘘は吐き放題。『会いに行ったがすれ違ってしまって会えなかった』とすることも『そもそも会いに行っていない』とすることも可能だ。そうして歪めたことの整合性を取るためにナツメの記憶は改変されてしまう。
まぁそれもこのままナツメが無抵抗だったらの話。改変に抵抗して『会った』と証言すれば歪めた嘘が露呈して改変は成り立たないが。
「……成程。物質、概念、記憶すらも改変できてしまうというわけか」
「そういうことです」
このベルダーコーデックスの話題は前置きだ。真実改変の条件など細かなことについては置いておこう。今はただ、ベルダーコーデックスなら何でも作り変えることができるというだけ知ってもらいたい。
そして話はここからだ。このベルダーコーデックスをもってやりたいことがある。
「この能力を使って、ヴィトを助けたいと思うんです」
考えているのはこうだ。ベルダーコーデックスの改変能力でもって、"大崩壊"の原因をヴィトから破壊神メタノイアに書き換える。『"大崩壊"を起こしたのはメタノイアである』と歴史を書き換える。
もちろんそんな壮大なことはカンナにはできない。だが、世界の定義に少し虚偽を挟んで解釈を変えることはできるかもしれない。
「……詳しく聞こうか」




