君を殺すメタノイア
あの、と話を切り出す。今度はこちらから突っ込む番だ。
「ナツメ先輩から聞いたんだけど……」
不死の魔女。彼女を殺すには圧倒的な大火力が必要だと。世界を平らげるような破壊力をもってようやく"灰色の魔女"は殺せるのだと。
検証の果てにそのような考察を得たとナツメは言っていた。検証というからにはヴィトも関わったのだろう。主に実験台として。
それは本当なのだろうか。疑問をぶつけると、うん、とヴィトは頷いた。
「ボクを殺せるのはメタノイアだけだヨ」
「メタノイア?」
とは。ぱちくりと目を瞬かせるカンナに、コレだヨ、とヴィトが台車の本を指す。各地の伝承をまとめているシリーズのうちの一冊で、その巻は『深淵の口』について書かれているものだ。
「現代じゃ『深淵の口』って言い伝えられてるアレのコト。ボクの時代じゃメタノイアって言われてたんだケドネ」
ヴィトの時代、つまりは原初の時代だ。その時代にはあれは破壊神メタノイアと呼ばれていた。
カンナの仕事を見守りついでに語ってやろう。深淵の破壊神メタノイアについて。
「と、いうコトでお仕事再開しないと司書さんに怒られちゃうんじゃナイ?」
「あっ」
そうだ。今は仕事の途中。すっかり手が止まってしまっていた。
慌てて本整理の作業に戻るカンナを苦笑い気味に肩を竦め、手伝いついでに語ることにした。
まずは認識のすり合わせからいこう。『深淵の口』からだ。
「ドコまで知ってる?」
「えっと……悪いことをすると『深淵の口』に食べられちゃうぞ、って言われるくらいですね」
親が子供を叱る時にそう脅しつけるために用いるくらい。
深淵、つまり地の底の真っ暗なところにいて、どんなものでも食べてしまう大きな口がある。悪い子はその化け物に食べられてしまうぞ、と。そのくらいの曖昧な存在だ。
「ま、現代はそうだヨネ」
残念ながら今の世はその程度の認識しか広まっていないだろう。『深淵の口』についてまとめたこの本も同様だ。今語ったことを言葉を変えて冗長に解説しているにすぎない。揶揄しながらヴィトが本を棚に押し込む。
深淵に存在する万物を食らう怪物。今の時代ではその程度しか伝わっていない。それもそうだ。
メタノイアの存在は現代の認識にあまりにも反している。この信仰の時代において、メタノイアの存在は知られてはならない。ある意味"灰色の魔女"よりも罪深い。何故なら。
「メタノイアは神殺しの怪物なのサ」
「神殺し?」
魔女殺しではなく。そう、メタノイアは神殺しを目的として製造された怪物だ。
原初の時代、神々がまだ人間のそばにいた頃。神は近しく、人間にとって愛し愛される隣人だった。その隣人を殺すために不敬な集団が作り上げた兵器だ。
神を殺し、世界を牛耳るために。ただひとりの人間の欲望のために費やされた研究の果て。それが破壊神メタノイア。万物を食らう『深淵の口』の正体だ。
「神殺しなんて……」
なんてことを考えるんだ。あまりの恐ろしさにカンナの背筋が震える。
神を殺すだなんて不敬極まりない。そんな連中がもし現代にいたら世界中から排斥されているだろう。神殺しなんて単語を口にするだけでも恐ろしい。
この世に恵みをもたらしてくれた神々を殺すだなんて。信じられない。そんな発想が出てくることが恐ろしい。現代の人間ならどんな思想をもってしてもそんな発想には至らないだろう。
そんなことを考えるなんて原初の時代の人間はなんて恐れ知らずなんだろう。
「ま、そうだヨネ」
うんうんとヴィトが頷く。予想通りだ。神々の存在が第一と教えられている現代の人間ならそういう反応をすると思った。
さて。話が逸れた。そしてそのメタノイアの現在についてだ。
本を整理するカンナの手伝いにと台車を押してやりながら続ける。
「アレはネ、カミサマに召し上げられたのサ」
「召し上げられた? 破棄じゃなく?」
「うん。アレもまた人間が作ったモノだからネ」
方向性はともかく、それに費やされた熱意というか執着は評価の価値がある。そういう判断で神々もそれを消滅させることはしなかった。
神々の手によってメタノイアは神の国に召し上げられ、この世界からは消え失せた。残ったのは存在の伝承だけで、その伝承も目的があまりにも不敬極まりないと恐れた人間によって曖昧にされてしまった。
それが深淵の破壊神メタノイアだ。人間の手によって作られ、神の手によって接収された存在。
その無限に万物を食らう口は文字通り世界を平らげる。食い尽くし、何も残らない更地にする。
「無限に命を食う怪物ならボクの無限の命も食べ切れるかもネ」
それくらいじゃなきゃボクは殺せない。『魔女を殺す大火力』の話に戻しながらそう結論を結んだ。




