歴史を振り返ろう。そのに。
魔法は神々の恩寵だ。魔法が失われたということは、神々がこの世界から立ち去ったということ。
蜜月の関係を返上し立ち去るほどの激怒だったのだ。よってそれを、人間の裏切りと称する。
うん。この流れも習った通りだ。その"大崩壊"を引き起こしたのが"灰色の魔女"であることも習った通り。
たったひとりが起こした災害を人間全体のものとして解釈して、『人間の』裏切りと呼んでいることも。
たかがひとりの行為を止められなかったのは不徳の致すところとばかりに『罪』を人間全体に適用した。
それは"大崩壊"だけでなく、その後のことを含むからだ。それが不信の時代。
人間は日々を生きるために余裕を失い、魔法を忘れ、信仰を忘れた。神々の恩寵であった魔法は遺物となり、失われた。だから『不信の時代』と呼ばれる。
魔法の代わりに発達したのは機械だ。魔法という神秘に頼らず人間の力で災害後の復興と発展を目指した。時々先祖返りのように魔力持ちが生まれたこともあったようだが、人知れぬ強力な力を持つとしてろくでもない運命を辿ったらしい。
そして、"大崩壊"から1000年。とある人物によって"灰色の魔女"は封印される。
その功績を見、神々はかの人物を始源のルッカと称賛し、英雄に叙すことで人間を『許した』。
"大崩壊"を始めとするこの1000年の無礼は今は問わずにおいてやる、と。立ち去ったはずの神々が帰ってきたのだ。
しかし許しただけで信頼はゼロのまま。原初の時代のような蜜月の関係になるには人間の誠意ある態度が必要だ。
そうして続くのが再信の時代。人間が信仰により神々に許しを乞う時代である。
およそ500年続いた再信の時代に執り行われていたのが再信審判だ。
再信審判とは、神々の信徒がそれぞれ派閥に分かれ、信仰を争っていた祭事だ。火神は自らの信徒に火神を掲げる勢力として名乗りをあげさせ、水神は自らの信徒に水神を掲げさせ、そうして火水風土雷樹の6派閥による信仰合戦をしていた。戦争というよりも決闘に近い。
その決闘に勝利した者たちは敬虔たる者として神の国に送られていた。"大崩壊"によって傷ついた世界ではなく、神々が新たに作った新世界で相互信頼のやり直しを許された。
その再信審判が数度行われ、人々がそれぞれ神への信仰を示したことで神々は再び人を『信ずるに足る』と認めた。
なぜか今まで不参加だった氷神の派閥も加わった最後の審判が終わり、それから500年経ったのが今だ。
最後の審判になったのは、これで最後と誰かが決めたわけではない。
その再信審判が終わったのと前後して、"灰色の魔女"が復活したのだ。長い時間で封印が緩んでしまい、魔女は世界に解き放たれた。
この世界の大罪人を殺さねば再信審判どころではなく、神の国へ行く云々ではないとして、それがたまたま最後になってしまっただけだ。継続が中断されたにすぎない。
そして500年、魔女殺しに躍起になった歴史は現代に続く。
それがこの世界の歴史だ。習った通りの内容だった。
単なるおさらいになってしまったな、と長い読書を終えたカンナは歴史書を閉じる。まぁそんなものだ。たまたま手に取った歴史書に学校で習う事柄以外のものが記載されていたなんて、そんな都合のいいことがあるわけがない。
ここからひとつひとつ掘り下げていこう。まずは近世で資料も多い再信の時代から。今おさらいした出来事を逆順にたどってみよう。
さてそれにふさわしい本は、とカンナが立ち上がる。その時。
「カンナ?」
「レコ!?」
呼ばれた声に振り返るとレコがいた。
「何してるの?」
「知識の復習中。レコは?」
「私も」
最強のルッカの帰還で魔女殺しの機運が高まっている。それに便乗したい。
そういうわけで自らの夢を少しでも早く叶えるべく、図書室に足を運んだのである。
「見てなよ、魔女殺しができるくらいすごい作品を作ってみせるから」
レコの夢は自らが作った武具が魔女殺しをなすことだ。魔女を殺すことで、魔女など世間で言われるほど強大な存在ではないと言うことだ。神が与えたものではない、たかがひとりの人間が作ったものが魔女を殺した時、世界は魔女への過剰な恐怖と憎悪と止めるだろう。なんだ大したことないじゃないか、と。そうして魔女を『殺す』。その肉体のみならず言い伝えまで丁寧に。
「そっか……」
"灰色の魔女"の素顔を知っているカンナは曖昧な笑いしか浮かべることができない。
レコはこう言うが、その目的は魔女を殺すことではなく、魔女を殺すことで人々に安心を与えることだ。過剰な恐れと断じ、必要以上の恐怖を払うことこそ目的。魔女殺しは手段だ。
そう理解していても曖昧に誤魔化すしかない。親友が親友を殺すだなんて聞きたくない。
できればそうならないでほしいなぁと思いつつ、けれど目的は叶ってほしいとも思う。"灰色の魔女"がただの女性であることを知ってほしい。
世界の皆が彼女の2000年の孤独に寄り添ってあげてほしいと思うのだ。




