歴史を振り返ろう。そのいち。
そんな顛末があった翌日。カンナは図書室にいた。
目的はもちろんナツメの語ったことの再検証だ。そのためにはまず、歴史をさらいなおそう。
司書に訊ね、薦めてもらった歴史書を手に取る。分厚いハードカバーの本は少し埃っぽかった。
――まず、神々によって世界が創始された。
神は大地を作り海を作り空を作り、火でもって文明を与え、ヒトを育んだ。
人間は神々の御業に感謝し、神々に信仰を捧げた。信仰に応じ、神々も恵みを与えた。
人間は神々へ、神々は人間へ。その関係が原初の契約となり、神々と人間の相互信頼の歴史が始まった。それが原初の時代である。
歴史書の一文に目を通す。うん。学校で習った通りだ。
その恵みの最たるものが魔法というものだ。魔法は神々がその功労を称えて人間に与えるものだった。
しかしそれでは一部の人間にしか魔法が扱えない。選ばれた者だけが使えるそれを人間へ与える神の恩寵としていいのだろうか。もっと広く人々が使えるようにするべきではないだろうか。そういう思想で火神の信徒が作り出したのが武具だ。
魔法は複雑な魔術式がなければ発動できない。いかに強大な魔力があってもだ。
しかし魔術式は複雑極まりない。理解できる素養が必要だ。
そのステップを飛ばし、魔力さえあれば魔法が発動できるようにした補助具が武具だ。
機械で例えるなら、武具は電池さえ嵌め込めば動く機械だ。歯車の噛み合いだなんて理解する必要はない。
選ばれた者しか使えないものを誰にでも扱えるように。その人間の努力をたたえ、神は武具の存在をよしとした。
それが神々と人間の相互信頼の証明だ。神々が与えた恩寵を人間の手に引きずり下ろしたと怒ることなく、許容し、肯定した。それは信頼あってのこと。
その信頼をさらに強固にするものがアブマイリの祭りだ。儀式によって神々への感謝を示し、よりよい研鑽に励むことを誓う祭事だそうだ。
祭事を執り行うことで普段よりもいっそうの信仰を示し、神々もまた恩恵を与え続けることを保証していた。
まさに蜜月だ。その素晴らしい相互信頼を壊したのが"大崩壊"である。
世界は文字通り『壊れた』。大陸が形を変え、世界各地を守護していた神の眷属はことごとく死に絶えた。現代でも生き残っているのはごくわずか。水神の直接の眷属であり、世界最大の海の守護竜であるナルド・リヴァイアでさえ重傷を負うほどの強烈な災害だ。
"大崩壊"についての記述は少ないが、それはすなわち、記録を残す余裕がなかったのだ。生き残った人間は目の前の日々を生きるので精一杯で後の世代に記録を伝える余裕はなかった。原初の時代の記録もまたこの時に失われた。今残っているのは、余裕がない世界でも記録を死守した一族による記録のみだ。
その数少ない記録曰く。"大崩壊"を例えるなら雨だ。向こう100年分の降水量をわずか一瞬の瞬間に叩き下ろしたような。
知識が乏しい子供が、湿度は空気中の水分を観測した指標なら湿度100%の空間は水の中と変わらないだろうか、と想像するようなものだ。現実にありえない光景だが、"大崩壊"ではまさにそのことが起こった。
濃密な魔力が世界中に拡散し、衝撃波となって世界を駆け抜けた。空気中の水分が凝固し、洪水になったのだ。衝撃波はヒトも家も森も山もなぎ倒し、世界を更地にした。
そして拡散した魔力は本来の役割を果たす。すなわち、魔法の発露だ。
近くにある武具と反応し、本来ありえない性能を引き出した。調理をするために小さな炎を起こすための武具が街を燃やし、水を浄化するための武具が機能を反転させ清浄な水を毒に変換した。
ことごとく世界は壊され、そうして、世界中の魔力を消費しきったことで魔法は消えた。
以降、魔法が失われ、神々の去った不信の時代へと続いていくこととなる。




