不死なる魔女
魔女は死なない。死ねない。死ぬことができない。ナツメはそう言った。
殺しても死なない。実際にやった。心臓を貫き、首を落として。焼死、溺死、毒死、圧死、失血死、窒息死、呪魔法による死、その他考えられるあらゆる殺し方を。
とどめは刺した。心臓が止まるところも確認した。それなのに次の瞬間、何事もなく蘇る。欠損した部位を修復して。
困ったことにそれはヴィト本人の意思ではないらしい。このまま命を終えることを望んで首を落とされても、その希死念慮を無視して首が再生する。
「そんな……」
「おいおい、そんなことこんな場所で言っていいのかよ?」
魔女が不死だなんて。そんなこと大っぴらに言っていいのか。ここは校舎棟と寮の中間にある広場だ。人通りは多いし、最強のルッカの存在は人の注目を集めている。それなのにそんな重要なことを言って大丈夫なのか。
おせっかいなのか心配なのか、それとも話の流れで重要事項を漏らす間抜けを笑うためか、ベルダーコーデックスが口を挟んだ。喋る本なんて珍しいな、とぼやいたナツメは、あぁ、と頷く。
「公然の秘密ってやつさ」
"灰色の魔女"が不死だなんてルッカなら誰でも知っていることだ。ルッカでなくとも、ヴァイス高等魔法院にいればいずれ必ず知る。その証拠に、こんな人通りが多く注目を集めている最中に言っても騒ぎにならない。
大っぴらに世界中に広めると魔女殺しを志す者の心を折りかねないので公言はしていないが、ヴァイス高等魔法院内なら周知の話。つまり公然の秘密というわけだ。
「だから彼女はステファンの一撃を受けただろう?」
あれは彼女なりの礼儀なのだ。不死の魔女と知っていて、それでもなお殺すという意思を持ったルッカへの。もしかしたらその凶刃が本当にとどめを刺してくれることを期待して。
初撃は必ず受ける。どんな軟弱な攻撃でも強力な攻撃でも。フェイントや隠し玉があるならそれも受ける。正面から殺意を受け、そして生き残って『しまう』。
皆それを知っている。だから誰も積極的に魔女を殺しにかからない。不死をどうにかしないと無駄だと理解している人間ほど無謀な挑戦を控える。
歯がゆく思いながら魔女が生きている日常を見送らなければならない。その歯がゆさが魔女への憎悪をさらに増すと知って、ヴィトは日々を過ごしている。不毛な話だ。
「うん? 悲しい雰囲気だがよ。ちょっとそれはおかしくねぇか?」
悲壮感漂う話を披露してくれたところ申し訳ないが。
ベルダーコーデックスが眉を寄せる。ナツメの話はまぁそれでいい。だが待ってほしい。初撃を受けるのが礼儀と言ったが、確か、先程ヴィトはナツメの初撃を受けなかったではないか。闇の塔の近くの森での話だ。あの時、初撃を繰り出す前に制圧して勝負をつけてしまった。
「礼儀はどこ行ったよ」
「はっ。わかってないなぁ」
わかってない。まったくわかっていない。ナツメの初撃を受けないのはナツメのことを評価しているからだ。ナツメにとってすべての殺意はすべての愛。全力の愛をわざと受けるだなんて失礼じゃないか。
だからヴィトはナツメと対峙する時だけは全力を持って迎え撃つ。本気の愛には本気で応じる。それが礼儀だろう。
「二人にしかわからない愛ってやつさ」
「さいで」
思いっきり惚気られた。呆れたように息を吐く。まったく。
「んで? 不老不死の魔女をテメェはどうやって殺す気なんだよ」
無謀に挑んで返り討ちを繰り返すだけが能なら最強のルッカなんて看板を下ろしてしまえ。最強のルッカというのならそれなりの策はあるのだろうな。
挑発的に訊ねるベルダーコーデックスに、もちろん、とナツメは首肯する。魔女を愛して100年少々、いたずらに返り討ちを繰り返していたわけではない。色々やって得た結果と、そこから打ち立てた推理とそれを元にした理論と理論を踏まえた策がある。
「それをここで語るにはネタバレが過ぎるな」
100年たっぷり続けた実験と検証から導き出した結論だ。こんな人通りのあるところで堂々語って他のルッカにヒントを与えたくない。というわけで。
「場所を移そう」
そう言って、転移魔法を発動させた。




