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あくび

作者: 谷まどか

 洋子はどこにでもいるごく普通の若い女性だ。一般的である、髪型も冒険しないし、洋服などもなんて事はない。可もなく不可もなしというやつだ。だか洋子には誰にも言えない秘密があった。

「洋子、また彼氏と別れたのー?なんで?いいやつそうだったじゃん」

友人の里花がそう話しかけてくる。ここは大学の食堂だ。洋子の今日のお昼ご飯はかけうどん。学生には安くて嬉しい、シンプルなかけうどん。バイトの給料日はまだまだ先だ。昨晩は、食材が無くなりかけていて、泣く泣くコアラのマーチとポッキーで食い繋いだのであった。

「えーだってさ、話が合わないと思ったのー。やっぱり趣味が近い人が良い」

洋子は里花にそう答えた。ほんとはそんなことはどうでも良い。おしゃれだろうが、かっこ良かろうが、悪かろうが。洋子には人に言えないが、男性を選ぶポイントがあったのだ。それは

「あくび!」

洋子が呟くと里花が

「はっ?あくび?あんた眠いの?」

そう話しかけた。そうなのだ、洋子が男性を選ぶポイントは「良いあくびをする事」であった。「良いあくび」とは洋子が思うに、思い切り我慢せずに大口を開けて「ガァー」と言わんばかりに豪快なあくびをする、というものであった。だけど、今までそんなに立派なあくびをした男性はいない、洋子はそう思っていた。近頃の人間は堪えるようにあくびをして、全く窮屈そうだ。そんなにあくびを堪えるなら、きっと一緒にいても窮屈なのだ、洋子としてはそのような主張であった。

 今までの彼氏はこうだ。「ファッ」とあくびさりげなくして、あくびを飲み込む彼。その彼は、いつも話す前に

「あの、、、んん」

何かを飲み込むように言葉を飲み込むのが癖だった。では甲高い声で「ファーーーー」と通るような声で、あくびする彼はどうだろう。その彼には洋子は心の中で「ゴルフのファーーーーーか!」と突っ込みたくなり、やはりあくびが気になり別れてしまった。先日里花の話に出てきた彼氏は「ひゃひゃひゃーーー」とあくびをする。その彼は「おまたひぇ(お待たせ)」と言う変な発音で話すので、他の言葉も語尾がはっきりしない。だから、なんだか好きになれなかった。こんな風に洋子が、男性を嫌いになる理由はいつもあくびで「良いあくび」をする男性には会ったことがなかった。

 意外と人は些細な理由で好きになったり嫌いになったりする。洋子にはそれがあくびだった。「良いあくび」をする人物は本気であくびをする。なんなら、あくびを全力でする人物は全力で生きている。そういう確信があった。本気のあくびを何度もすると涙が出て、それは気持ちいい。口が大きな蛇口のハンドルで、思い切りひねったら、目というパイプから気持ちよく水が循環する、そんな感じだ。

 昼を食べ終え、今日は校舎の東側の棟に里花と向かった。午後の時限はとても眠い。そう思って、教室に入ると今日はいつと見ない顔が多かった。みんな昼食後は怠い、というような顔だった。

「じゃあ授業始めますよー」

教授が言う。そして、洋子が窓がある左側の上部を眺めた時だった。

「ガァーーーーーー」

あくびは豪快で、正に強さと勇敢さを誇示したサバンナの王者のようなライオンのあくびだった!洋子は、これだ!と思った。そう思ったら、その男のあくびから目を離すことが出来なくなった。それに気持ちの良い涙も出ている。とても嬉しくなった。「これが本気のあくびだー!」洋子は決めた。授業が終わったら、あのライオンのあくびをしているサバンナの王者に声をかけよう。話はそれからだ。なんだか洋子は午後の憂鬱な授業がとても楽しくなった。

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